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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-16

―夏も終りに近付き、蝉の歌声は弱々しさの中にも一抹の逞しさを感じさせ、人々の鼓膜を打っていた。そういえば、いつか百合がこう言っていた。
(セミがあんなに騒がしく歌うのはね、きっと彼等は、自分の命が短いことを知ってるから、なんじゃないかな)
今日はバイトも休みだったので、僕はベットに寝転びながら長閑に本を読んでいた。休日の昼間に詩情溢れる川端作品は悪くなかったが、都会の一角で古臭い日本の幻をさまようと、少し気が滅入ってくるのも確かだ。
気分転換に音楽でも流そうとMDを物色していると、来客を告げる呼び鈴が鳴る。面倒に思いながら玄関まで行き、覗き穴に目を通した。僕は声を上げそうになる。ドアを開けると、悪戯好きの子供みたいな笑顔を浮かべたアカネがいた。
「ピンポーン…来ちゃった。とか、よく言うよね。こういう場合」
僕は予想外の来客に戸惑いながら、曖昧に領ずいた。
「…そうだね」
「あれ?予想していた反応にない態度」
アカネは首を45度に傾けて言った。
「どんな反応を予想してた?」
「満面の笑みで、ようこそいらっしゃいました。とか…」
「君は僕という人間を理解していない」
「あっ…やっぱ退く?ビバ・突撃アポなし訪問」
自分の行動に捻りのないネーミングをするアカネを見て、僕は何故だか気が抜けた。
「ビバ・突撃アポなし訪問…?世間一般ではそれを礼儀知らずと呼ぶんだよ」
「あぁ…ダメダメ。私そういうの苦手。親しき仲にも礼儀あり、とか、堅苦しくてさぁ…。別にいいじゃん。逢いたい時に逢いに来たって」
不満げに唇を尖らせるアカネ。僕は苦笑した。
「ピンポーン来ちゃった。とか、余り多用しない方がいいよ。普通は嫌われる行為だから」
「ねぇ…ご忠告ありがたいんですけど。立ち話もなんだから上がれよ。とか、言えないかな?」
「…立ち話もなんですから、上がりませんか?」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きますかね」
勝手知ったる他人の家。そんな風情で入り込むアカネを見て、僕は部屋にいかがわしい雑誌系統が放置されていないかを思い出し、やがて杞憂であることに安堵した。
「結構キレイにしてるんだ」
部屋を一望したアカネが、感心したように声を上げた。
「一日の大半を過ごす場だからね。清潔な空間を保つこと。これ生活の基本なり」
とは言ったものの、実は昨夜に大掃除をしたばかり。それ以前は足の踏み場を探すことさえ困難な状態だった。都合良く次の日にアカネが来たのは僥倖だと言える。
「適当に座って。何飲む?」
「あっ、いいよ。自分でジュース買って来たから。君の分もあるよ。コーラでいいよね」
アカネはスーパーのビニール袋をあさると、缶を取り出して差し出す。僕は礼を言って受け取ると、アカネから少し離れたベットに腰を下ろした。
アカネは床にチョコンと座り込み、興味深げに部屋を見渡す。キョロキョロと。何だかその姿が、初めての家に来た子犬みたいに落ち着きがなく、僕は思わず笑みを漏らした。
「何?人の顔見て」
彼女が不思議そうな目を向ける。
「何でもない」
マスターの話を信じるなら、彼女が男の部屋に入るのはこれが初めてなのかもしれない。かく言う僕も、この部屋に女性を入れるのは初めてだった。
最初にこの部屋に入る女性が、百合ではなくアカネであることに、意外に僕は抵抗を感じなかった。妹が家出をして来たような感覚。勿論、アカネは女性として魅力のある人だし、妹のようだなんていつも思っている訳ではない。常に一人の女性として接しているつもりだし、これからもそうだろう。けれど、僕には無意識の内にアカネとそういう関係にならないように距離を置く癖がある。その原因を知るには、僕はまだ人として、あるいは男として未熟なのだろう。
アカネは白いラベルのダイエットコーラを一口飲むと、やがて読みかけの本に目を付けた。立ち上がってベットの側まで来ると、その本を手に取り、ちゃっかり僕の隣に腰を下ろした。


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