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『one's second love』
【初恋 恋愛小説】

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『one's second love〜桜便り〜』-20

窓側の席に、朝の光が差し込む。柔らかい日差しに当てられた彼の目には、かつての私のような後ろ向きな部分は微塵もなかった。
変わったのは、むしろ彼の方なのかもしれない。
「……まあ、ここのコーヒーが飲めなくなるのは、ちょっと寂しいけどね」
二人して笑う。私は立ち上がって、カウンターに入った。
「じゃあ、何か適当に淹れてあげるわ。この店の、最後のお客さんにね」
奥のロースターから豆を取り出し、粉末状にしてドリップしていく。抽出された物をカップに注ぎ込むと、そそる様な香気が広がった。
「お待ちどお様」
慣れた手付きで机の上に置く。要くんは、じっとカップを見続けていた。



「…………」
ナツコさんの店を出て、真っ直ぐアパートに向かう。市街地を抜けて、春の匂いがする河川敷の道を歩いた。
長かった春休みもあと一日。それが終われば、また新しい生活が始まっていく。
俺も、ナツコさんも、長い、長い分岐点を経て、変わっていく。
大切な物を見落とし、自分を見失い、立っていることもできず、その場から走るように逃げてきた。寂しさを紛らわせようと他人にすがっても、互いに傷つけあうことしかできなかった。

後悔。
自責。
苦悩して。

それでもなお、俺たちはわがままに人を求める。記憶という曖昧な物にすがりついて、別人であるはずの他人に隣人であることを強要した。
思い通りにならない理想。
それこそが俺のエゴだった。

だけど、いつしか、気づく。過ぎてしまった時間は取り戻せないけど。
失われていた物はあまりにも大きすぎるけど。


――今を、生きてる人がいるから。
こんな勝手な俺たちを、まだ、好きでいてくれる人がいるから。


あえてナツコさんを、見送りはしなかった。

きっと他にやらなきゃいけない事が、俺にもあの人にも待っているのだから。

アパートの前に着く。
腐食の激しい門の下を潜り、玄関先の郵便受けをチェックする。

電気代の徴収書、市の回覧板。
そして、手紙があった。

差出人は、岬。
おそらく内容は、何の変哲もない近況の報告だろう。
変わり映えのない毎日の記録。俺は日記を書くことをやめ、代わりに手紙を書き出した。
繋がりを過去から現在に書き換える為に。


そして岬は、また俺のことを忘れてしまわないために。
大学を辞めて地元に帰る選択肢もあったけど、岬自身がそれを嫌がった。最初に宛てた手紙にその事を書いて、返ってきた返事の内容を思い出す。


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