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捨て猫
【コメディ 恋愛小説】

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捨て猫-12

あえて『最近どうしたの?』なんて質問をしない唯の無言の気遣いが、俺にはむしろ
苦しかった。
彼女は、突然ヒキコモッタ俺をどう思っただろう。
事情を知らない彼女は精神の弱いヤツだと、軽蔑したんだろうか。それとも哀れんだ
か。
勘違いしているのなら、わかって欲しかった。
でも、それを話すには、俺の心は、弱すぎる。
目を逸らせるならば、いつまでも逸らしていたいし、忘れられるなら忘れたい。
本当に辛い過去や重い話は、話して軽くなるんじゃない。
話して思い出して、また味わって痛むのだ。
でも、この話の方向が向かう先は、すでに俺には見えていた。もう目は逸らせない。
俺と唯、二人で話したら、その話題が上がらないわけがない。
十何年、俺らは三人だったから、三人で一つそう言ったって、お互いに否定しないく
らいの間柄だったから。
「二人だけで話すなんて何だかおかしいよね。いつもここにはトシが」
その言葉は、わかっていても痛い。
でも言葉以上に、あんまりにも寂しげな唯の表情は俺の心を抉った。
俺の外のトシのいない世界。
それは俺がヒキコモッテイタ間も、ずっとたしかに存在していた。
もちろん、事実に目を逸らし続けた俺の世界でも、トシは死んでいた。
でも、俺は一人である限りそれ相応の罪悪感を背負うだけ。いつまでも俺だけの罪で
いられた。
それが、今交わり繋がった。
俺の罪は抱えきれないほど大きくなろうとしている。
唯のトシ、トシの両親のトシ、トシの妹のトシ、クラスの中のトシ。
そのトシは皆死んだ。
俺はどうしたらいい?
親友を殺した罪をどう償えばいい?

走り出して辿り着いた所は、土管のあるあの空き地だった。
家に帰るのは、自然とためらわれた。
もう、あそこも良い意味でも悪い意味でも俺だけの城ではなくなったのだ。
頭上から一滴、雨粒が落ちてくる。
その余韻を味わうことなく、瞬く間にその一滴はひとつの流れになった。
雨は容赦なく身に染み込んでくる。
体を冷やし、濡れた衣服は俺を不快にさせた。
でも、そんなのは、気にとめるほどの事じゃなかった。
何よりトシの事が、容赦なく俺を締め付けたのだ。
思考は何度も何度も、同じようにループをしながら、戻っては進みまた戻る。
どうしようもなくなった時、人間ってのはまったく動けなくなるんだ、という事を改
めて感じた。

時間の感覚がわからなくなるほど、それを繰り返していたら、視界の端で何かを捕ま
えた。
ユキがいた。
傘も差さずに、あの日あった時のように雨に濡れ、ほとんど衣服の意味をなさなく
なったTシャツを着て立っていた。
ただ、あの日と少し違うのは、彼女は今体が泥だらけだということ。
俺を捜すのに相当苦労したに違いない。
「帰るわよ」
いつもの仏頂面で、彼女は言う。
普段じゃ見られないような優しい行動は、素直に嬉しかったけれど、俺はそこを動く
ことができなかった。
でも。
「俺は、親友を殺しちゃったんだ」
その代わりに、自然と言葉が口から出てきた。
なぜだか。そんなのはわからない。
その場の感情を明確に説明できるほど、俺の心はもう正常じゃない。
「殺すつもりはなかった。ただ、思ったよりも言葉ってのは、強かったんだ。だか
ら、トシは死んだ。俺の言葉でね。結局、アイツが何に悩み、何を好みんでいたかと
か、俺自身トシの事は何もわかってやれてなかったんだと思う。


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