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《Loose》
【少年/少女 恋愛小説】

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《Loose》-2

その三日後、彼女は僕の前から姿を消した。全ては夢だったかのように。後に残されたのは、十字架の刻印されたジッポライターだけ。それが彼女と僕を繋ぐ全てとなってしまった。彼女は、駆け落ちした。俗なことに、相手は既婚の教師。教師と生徒が恋に落ちる。良くある話しさ。ただ一つ違ったのは、お互い、今ある全てを投げ出しても良いと思える程、本気だったということだ(そうでなければ、救い用がない。何がって、僕自身が)。僕と六つしか歳は違わない。それでも、早紀はその男を選んだ。彼女が幸せなら、それで良い。僕にそれを拒む権利はない。ただ一つ想うこと。早紀、今君は、本当に幸福なのかか…?脳裏に浮かぶ彼女に訪ねる。答えてはくれない。それが『別れ』だと、僕は知っている…。
僕が早紀と初めて逢ったのは、半年前、寂れた楽器屋の前だった。高二に進級してすぐ、僕は部活を辞めた。歳の差なんて下らないことで威張り散らす上級生や、責任のなすり付け合いに辟易していた。煙草を始めようと思い付いたのは、半ばヤケ気味だったからだ。学校からの返り道、楽器屋の前で僕は立ち止まり、煙草の自販機に目を止めた。少し考えた末に、財布を取り出した。値段を見ると、煙草税のせいか、中途半端な価格ばかりだった。端数合わせが面倒で、三百円を自販機につぎ込んだ。パッケージ下のランプが赤く点灯した。どれを買うべきか逡巡する。結局、最初に目に付いた水色の煙草を買おうと思い、ボタンに手を伸ばした。しかし、僕の指がボタンに触れる直前に、『Pi!』と電子音が鳴り、次いでガタンという音がする。誰かが他のボタンを押したのだ。僕は横を見た。犯人は、流れるような黒髪を有した、息を飲むほど端整な顔立ちの美少女だった。綺麗なくせに、何処か近寄り難い。そんな雰囲気の大人引いた少女。お釣りの出る金属音で、僕は我に返る。
「あんたさ、初めてでしょ?煙草買うの」
侘びれた様子もなく、彼女は言った。
「どうしてそう思う?」
僕は挑むように言った。
「私ね、この楽器屋でバイトしてるんだけど、此処で煙草を買う人の顔はレジから丸見えなのよね。あんたは初顔だったし、値段を確認してたでしょ?だからそう思ったの」
彼女は何故か楽しそうに言った。そう言えば、財布から小銭を取り出している時に、店から誰かが出てくる気配を感じた気がする。
「だからって、何で君が勝手に煙草を選ぶんだ?」
彼女は腰を屈めて煙草を取り出した。
「忠告よ。初めて吸う煙草にハイライトはないでしょ。はい。キャスターマイルド」
僕は撫然としながら煙草を受け取る。
「余計なお世話、という言葉を知ってるか?」
「知らないことにしておくわ。じゃ、私は仕事に戻るから」
逸脱した行動基準を備えた彼女は、そう言って店内に消えて行った。
僕は翌日から、その楽器屋に顔を出すようになった。月か夜空に瞬けば自然と見上げてしまうように、その存在に強く惹かれていた。それを『恋』と定義するつもりはない。彼女と言葉を交わすことで、この胸は高鳴るよりも、むしろ冬の夜空のようにクリアになった。十六年の歳月を鑑がみても、それは初めての経験だった。
楽器屋はいつも閑散としていて、早紀は大抵暇そうにしている。商品のギターをそっと弾いては、店長に怒られていた。僕が店に入ると、いつも早紀は、好機を得たとばかりに顔を綻ばせる。僕を口実にギターを弾くつもりなのだ。
「お客さん。コレなんてお勧めですよ。グレッチのテネシーローズ。ちょっと音出してみる?」
値札を見ると目眩がした。僕の返答も待たず、早紀はシールドをアンプとエフェクターに繋ぎ、一人で勝手に弾き始める。無論、客である僕に貸す気は微塵もない。
早紀の腕は、素人目で見ても感嘆するものだった。ある時は激しく、機械のように。またある時は、愛撫のように優しく、穏やかに。そして何より、心から音楽に対する愛情が伝わってくるのだった。


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