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《Loose》
【少年/少女 恋愛小説】

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《Loose》-7

「アンタと二人でギターを弾いてる時だけは、辛いことも忘れたわ。本当に、神崎には救われた。ありがとね」
早紀の笑顔は明るかった。僕にはそれが辛かった。ありがとう。僕はそんな言葉が聞きたかった訳じゃない。僕には、笑顔で悲哀を隠す必要なんてないのに、彼女は僕に対しても強くあろうとしている。
「君は…人の幸せを奪う権利はない。そう言ったね」
喉元から溢れ出す僕の声は、予想に反して明瞭としていた。
「確かにその通りだ。でもな、他人ために、自分の幸せを犠牲にする義務もないと思う。守るために、奪う。それは必要悪じゃないかな。誰かのためとか、他人を傷付けたくないとか、綺麗事ばかりじゃ、人は幸せには成れないこともある。幸福ってさ、計り知れない価値のあるものだろ?その分、代償だって大きくなる。失うものが何もない愛なんてのは、見せかけだと思う。僕は、早紀にはそんな、価値のない愛で満足して欲しくはない。本当の意味で、幸せになって欲しいんだ。例え、それによって誰かが傷付いたとしても、君を非難したとしても、大丈夫。僕は君の味方であり続けるよ…絶対に。それだけは約束するよ…」
早紀の涙が、瞳に写る。その白い頬を伝う雫に込められた想いは、安堵だろうか、それとも、悲しみだろうか…。僕は肩に早紀の頭を引き寄せ、子供に対するように、そっと囁いた。
「…大丈夫。大丈夫だよ」
早紀の涙は、最初の一雫で終わっていたが、その肩は小刻に震えていた。
まるで寒がりな仔猫のように…。
「…ごめんね」
「あやまるなよ。余計に辛い」
震える彼女の声に、僕は穏やかに応えた。それで精一杯だった。彼女のごめんと言う言葉は何かを暗示していたが、僕は敢えて考えまいとした。
気が付けば、日の傾きは終わろうとしていた。茜色の空は、淡い紫紺色に代わり、幻想的な影を空の彼方にもたらしている。どれだけ街の灯がその存在を強調しようとも、夜闇は着実に地表を覆っていく。大丈夫。明けない夜はないさ。僕は早紀の温もりを強く噛み締め、決して忘れまいとしていた。心に刻もう。君の名を、君の声を、君の顔を、君の全てを…。二人は陽が全て沈むまで、ずっと寄り添っていた…。
それから一ヶ月後。僕等はまたこの場所で語り合う。
『ねぇ、神崎。こんな話しを知ってる?』
そして、その日から三日後、彼女はこの街を去った…。
僕は、今になって思う。あの日、彼女が話してくれた『モナリザ』についてだ。彼女は言った。
『「モナリザ」の絵はね、微笑んでるんじゃなくて、我が子を失った悲しみに耐える顔だって一説があるのよ』
『私はね、その説を信じてるの』
『教訓のある話しだからよ。目に見えるものだけが真実とは限らないって、教えてくれた気がするわ』
僕は、馬鹿だったのかもしれない。何故、早紀がそんな話しを僕にしたのか、考えようともしなかった。早紀は、自分自身に隠された想いに気付いてもらいたかったのかもしれない。目に見えるものだけが、真実ではないと。笑顔の裏に潜むSOSを。
もしかしたら早紀は、僕に背中を後押しして欲しかったのではなく、前に進む勇気を与えてもらいたかったのでもなく、その手を取り、引き寄せて欲しかったのかもしれない。諦める勇気が欲しかったのかもしれない。目に見える早紀だけを信じれば、僕のしたことは間違いではない。けれど、それは本当は、真実ではなかった。早紀はもう一つの選択肢を、僕に提示して欲しかったのでは。既婚の教師ではなく、僕と手を取り合って歩くという、もう一つの選択肢を…。あの時、僕は早紀を離すべきではなかった。彼女を抱き締め、此処に居ろと、僕の側に居ろと、そう言ってやるべきだった。
『守るために、奪う。』
彼女に言った僕の言葉は、本当は僕にこそ必要だったんだ。今となってはもう、悔やむことしかできない。冷静な振りをして、理解の良い振りをして、自分自身の想いに目を背けていた。彼女の残していった十字架を見る。それは、僕に対して断罪を突き付けている。そんな気がした。
君の居ない街だから、此処は廃虚と同じ。
煙草を揉み消し続けた靴裏で、踏み出す大地は寂れた幻影。
光の沈んだ街並みに、君の面影探すけど、見付かるのは、在りし日々の想い出だけ…。
君の温もりが欲しくて、僕は煙草をセヴンスターに代えた。
ほろ苦い香りと共に、早紀の笑顔が浮かぶことはなかった…。
僕は空を見上げた。皮肉な位、蒼穹は深く澄んでいる。心の穴を埋めるには、やはり彼女じゃなきゃ駄目らしい。
早紀、君も今、同じ空を見上げているのかな。もしそうだとしたら、どんな眼差しで見上げているんだろう。 幸福に満ちた瞳だろうか、それとも、涙でにじんだ瞳だろうか…。もしも後者だとしたら、帰って来ても良いさ。この街へ。その時は、僕は迷わず君を抱き締め、離さないだろう。
彼女のライターで、煙草に火を付ける。吹きすさぶ風は冷たく、僕は肩をすくめた。この寒さを暖めるのが早紀ではないのなら、いっそ僕は孤独を選ぶだろう。それは、彼女を突き放した僕に対する、贖罪なのだから。

THEEND


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