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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-11

「おはよう」
言いながら新聞を手渡す。
「おはようございます」
翔子もそれに返して、新聞を受け取る。
「それと、コレもね。仕事ではなく、プライベートとしての届け物」
「あっ…手紙。書いてくれたんですか」
嬉しそうに受け取る翔子。
「ラブレターじゃないから、気軽に読んで欲しい。大した事は書いていないからね」
「そうですか。ちょっと残念」
僕は肩をすくめた。
「期待するなよ。男がラブレターなんて、気色悪いだけさ」
「…そうかな」
翔子は首をかしげながら呟いた。
「…まさか本気で恋文を期待してた?」
「亮さん。意外と乗り易いですね」
僕は苦笑する。こうやって話している分には、彼女が内的に傷を負った少女だとは思えない。少なくとも、今現在、僕と話している彼女には無理をしている様子はなく、僕は少し安堵する。
「じゃあ、夕方までに返事を書いておきますね。あっ…そう言えば、あの本。読んでくれました?」
どことなくだが、その口調は確認というより、不安混じりに僕を試すようだった。単に、僕があの小説を気に入ったかどうかではなく、もっと深いメッセージが込められているような気がした。例えば、暗に示唆したSOS。それを杞憂だとは思えなかった。
「勿論読んだよ。口で感想を伝えるには、整理しなければならない点が多すぎたから、それに関しては手紙の中に書いてある」
「一応、仕事中ですもんね。私はそれで構いませんよ」
翔子は手紙を見つめながらうなずいた。
「ホントはもっと、ゆっくり話したいんだけど、色々と忙しくてね。日曜以外は毎日仕事は在るし、勉強の方もね」
「分かってます。大学生ですからね。亮さん、真面目タイプだし」
「ホント。僕ほど真面目な二流大学生は珍しいよ。自分でも思う。まぁ、お陰で損してばかりだけどね」
僕がそう言うと、翔子はクスリと笑って答える。
「いつか、報われる時がきっと来ますよ。因果応報です」
「…君がそう言うなら、信じてみようかな。因果応報とやらを」
僕はまた肩をすくめた。慰める筈が慰められていたが、それも良いだろう。それで翔子の笑顔が見られるのなら。
「真面目人間としては、これ以上のタイムロスで仕事を送らせる訳にはいかない。そろそろ行くよ」
腕時計を見ながら言った。
「はい。じゃあ…いってらっしゃい」
手を振って、僕等は別れた。僕にも笑顔という表情が在る事を、彼女と再会した事で久しぶりに実感した。
 時の流れは平等。代わり映えのない、退屈と形容できる日常は、誰の身にも公平に訪れる。日々、僕はそう信じていた。しかし、人生という奴には、稀に転機が訪れるらしい。それは晴天の霹靂のように唐突でも在るが、些細な俄か雨のように平凡でも在った。全ての事物には因果律が在り、落雷や驟雨も、その上では当然の成り行きである。僕と翔子の邂逅(運命―という陳腐な言葉を用いるには、僕の性格は現実的過ぎる)でさえ、例外ではないのだろう。それでも、僕は彼女と再び逢う事によって、形而上的な示唆を感じずにはいられなかった。それを敢えて表現すれば、、彼女の傷を癒すという、使命感。という事になる。何の因果がそう感じさせるのかは分からない。それどころか、僕のやっている事には、正しいという確証すらない。あるいは、彼女の傷を広げるだけかもしれない。翔子の台詩を思い出す。「因果応報」。僕のやってる事は、突き詰めて考えれば、彼女の為というより、自分自身の為なのかもしれない。翔子と共に笑い合った、無垢だったあの頃の自分を取り戻す為。彼女の中には、眠りに就いた、もう一人の僕が居る。
 失われた、僕の欠片が在る。彼女の本当の笑顔と共に、それを取り戻す事ができたら、僕たち二人の行く先は、きっと、良い方向に動き出す。そんな気がした。
 寮に帰り、食事を摂って部屋へ戻ると、ベッド上の『光の末』が目に入る。彼女に返すのを忘れていた。夕刊配達の時にでも返せば良いだろう。そう思い、『光の末』を手に取るが、暫く考えた後、またベッドの上に置いた。彼女から、僕へ宛てたSOS。今は僕の手元に在った方が良いのではないか。何となくだが、そんな気がする。僕は手早く支度をして、部屋を出た。
 大学での講義中、初老の教授が、日本における自然主義文学について熱弁を振るっていた。やがてそれは田山花袋の『蒲団』に影響を受けた島崎藤村が、『破戒』から変わり、私小説的な『春』、『家』などの作品を産み出すに至った形而上の変化についてへと脱線し、僕の興味は失せた。


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