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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-10

『現在、午後十一時過ぎ。この時間は僕に取って夜更かしと呼べる深夜です。でも大丈夫。君へ送るこの手紙のせいで眠れないのではなく、借りた本の感想を早く君に伝えたくて、明日の仕事を考えずに本を読み続けた、せっかちな僕の性格が悪いのです。君が気に病む必要は無い。さて、『光の末』、読みました。正直、僕には理解しがたい心理描写が多々在りました。面白いと言うよりは、何だか、色々な意味で複雑だな。と言うのが率直な感想です。どうやら大衆文学ではなく、どちらかと言えば純文学に類似しているようなので、それも当然かな。人を癒す事でしか、自分の痛みをごまかす事のできない青年。本当は変わろうと思えば、少女と共に変わる事はできた。けど、青年にはその勇気がなかった。話しの結末の概要はそんな感じかな。最後に青年が少女を受け入れて、二人手を取りハッピーエンド。そうさせない事に、何か作者の意図的なものを感じたよ。現実の厳しさ、とか、そんな安易な意味ではなくて、何かもっと形而的なものをね。まぁ、僕の考えすぎかもしれないけど、君はどう思ったかな。さて、本の感想を終えた所で、次に何を書くべきか分からなくなった。考えて見れば、手紙を書くなんて初めての経験だ。なんだか、逢って話す以上に照れ臭いよ。取りあえず、僕の近況を語るべきなのかな。でもそれは明日に取っておこう。短期に多くを語るのは好きじゃないからね。で、そろそろペンを置こうとしている訳だが、本当に手紙というのは不思議だね。本来ならここで「おやすみなさい」と一筆するのだけど、実際は、この手紙が君に届くのは明日の朝。「おはよう」が正しいのかもしれないが、事実、今は夜の十一時半。僕がペンを置いた時点で、この手紙の時は止まり、時を越えて明日の朝、君の元へと届くんだ。そして、君が手紙を読むと同時に、止まっていた時は場違いな時の中で目を覚ます。考えてみれば、本当に不思議だね。何だか妙な事を書き綴ったけど、そろそろ、この手紙に込めた時を止める事にするよ。それでは。
 PS:今朝久しぶりに君に逢って思った。僕の記憶の中の君と、目の前の君は、外見こそ似ていたけど、確かな変化を感じたよ。いや、それは変化というより、喪失かもしれない。できれば、僕等を隔てる歳月の間の、君の話しを聞かせて貰えたら嬉しい。』
 そう書いて、僕はペンを置いた。PSの内容が、つまりは一番言いたかった事なのだが、本当は、そんな事を書くつもりはなかった。もう少し時を経てから、しかるべきタイミングで切り出そうと思っていた。けれど、手紙を書きながら、改めて『光の末』のページを開き、ふと思った。翔子が僕に伝えたい事。それは全て、この一冊の本に込められているのではないかと。何故翔子は僕にこの本を読んで欲しかったのか。これは多分、暗号なのだ。そう、この本の少女と同じく、翔子もまた、傷を負っているのだという、暗号。それを考えすぎと割り切ろうとすると、僕の中の直感が強く反発した。本の中の少女は、翔子で在り、青年は、僕自身である。ハッピーエンドに導く為にはどうすれば良いか。
 そこで僕は、手紙の最後にPSを付け足したのだ。翔子の想いに気付いた印しとしてだ。この本はきっと、深い意味を持っている。それは、翔子から僕への、細やかな、でも大きな意味合いを込めた、SOSなのだ…。
 僕はベッドに入り、彼女を想いながら、重い瞼を閉じた。
 翌朝の目覚めは最悪だった。体は岩のように重く、睡魔は泥沼に導くかのように、僕をベッドから離そうとしない。それでも、「後一分だけ…」という誘惑に打ち勝ったのは、仕事よりも、翔子に手紙を届けなくてはという使命感。手早く着替を済ませ、ポケットに手紙を入れると、僕はいそいそと部屋を出た。
 まだ仄かに、深夜の余韻を残す黎明の空気。街を満たす静寂を、原付きバイクが無様に蹂躙しながら、駆ける。原付きの法定速度を違反したスピードを叱咤するような向かい風が、冷たく頬に心地良い。バイクを走らせ一時間。半分近く籠の新聞が減った所で、翔子宅の在る団地に着いた。
 いそいそと新聞を配り、翔子の家へと向かう。近くまで来ると、アクセルを二〜三度捻り回し、バイクを吹かして翔子に僕の到着を告げる。48CCバイクの排気音など、然程近所迷惑にはならない筈だ。家の前にバイクを止め、新聞を一部取り出し、門扉へと向かう。視線の先には、何故か苦笑する翔子。
「暴走族?」
僕がバイクのアクセルを吹かした事を言っているのだろう。翔子は苦笑したまま言った。
「そう、すこぶる仕事熱心な暴走族。僕が総長で、目下メンバー募集中」
「原付きバイクで?随分とエコロジーな暴走族ですね」
「それが唯一の美徳かな」
僕等は笑い合った。翔子の笑顔を見て、眠気など、何処かへ吹っ飛んだ。


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