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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -或ル夏ノ騒動--2

はあ、と溜息をひとつついてから、一紺は傷痕を見やった。
傷痕と共に付いた、竜胆の唇の跡。
それを見て、一紺は思わずにやけてしまう。
「?」
訝しげに首を傾げる竜胆に、彼は慌てて首を横に振りながら、腕に包帯を巻いたのだった。


それから二人は、何とか大きな都へ急ごうと足を速め――そうして今、彼等は賑やかな都のとある飯屋で一服している最中であった。
運ばれて来た甘辛のたれがかかった団子を頬張りながら、一紺は言った。
「宿行くんは、暫く此処で涼んでからにしよ。暑うて敵わんわ」
三連の団子を一気に食い、それを胃の腑に流すように茶も一気に飲む。
しかし冷め切っていない茶に思わず咳き込む一紺。
腕の包帯に噴出した茶がかかるが、全く気にした様子はない。
包帯はしているが、どうやら噛まれた痕に痛みはないらしい。
そんな彼を安堵して見やり、竜胆は小さく笑みを浮かべた。
「本当に、暑い」
暑さに竜胆の形良い眉が少しだけ顰められる。
彼女の場合、さらしを巻いているから余計に蒸れて暑いのだろう。
胸元から白いさらしがちらりと覗き、思わず一紺はまた咽てしまう。
幾度も身体を重ね、幾度も裸を見てきても、やはり気になってしまうものだ。
ことに、さっきのことがあるものだから。

「一紺」
不意に名前を呼ばれ、一紺は身体を強張らせた。
顔の赤さは暑さだけではない。竜胆の真っ直ぐな瞳を見ていると、それを見透かされたような気になった。
澄んだ瞳から目を逸らし、一紺は何や?と答える。
「団子、良かったら食って良いぞ」
返って来たそんな言葉に、一紺は苦笑を浮かべた。
「せやかて、お前朝もろくに食わんと…」
「食欲がないんだ」
おそらく暑さのせいだろう、と竜胆は言った。
そうは言ってもと一紺は思うが、竜胆が頑なに断るし、かと言って残しては勿体無いと残りの団子を平らげた。
幾分か冷めた茶を喉に流し込み、一紺は竜胆の方へ顔を向ける。
「具合、良くないんか?」
彼女は首を横に振ると、一言だけ大丈夫だと応えた。
以前風邪を引いた時もそう言った竜胆だが、結局酷く熱が上がってしまったことがある。
彼女にしてみれば、何も言わないのは一紺に迷惑をかけたくないからなのだが。
「無理したら、あかん」
「分かってる。…そろそろ、外に出てみるか?」
竜胆の言葉に首肯し、一紺は彼女の残した茶を飲み干してから外に出る。

既に太陽は沈んでいて、昼のような蒸し暑さはない。
橙の光が街を幻想的に染め上げていた。
とは言えやはり暑いものは暑い。
襟元を寛げながら、二人は都で一番安い宿屋へと急いだ。


安宿の眠るだけの部屋には、薄い布団しかない。
冬ならばかなり厳しいものがあるが、この時期ならばそれで十分。むしろ丁度良かった。
布団を一瞥してから荷物を置くと、竜胆は何をするでもなく壁に寄り掛かって橙の空を見つめていた。
一方で一紺は、毎夜やっているように鞘のままの刀を振り上げ、振り下ろしていた。
素振りの空を裂く音を聞きつつ、竜胆は小さく溜息をつく。
その溜息を聞き逃さなかった一紺は、刀を放り、竜胆の前に屈み込んで首を傾げた。


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