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夏色の宿題
【少年/少女 恋愛小説】

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夏色の宿題A-1

打ち奇せる波の声に、そっと耳を傾ける。
幾年もの星霜を経た光りの粒子を全身で受け止め、僕は茫洋たる海の彼方に想いを馳せた。耳朶に触れるさざ波の音と、網膜が称える、天地を分かつ水平線。それは余りに平穏な光景で、美しく、世界中が普遍的な夏の色で覆われているように思えた。勿論、そんな情緒とは裏腹に、今頃は驟雨に濡れている街もあれば、雪の礫に白く彩られた国だって、この広い世界は宿しているのだろう。夏の形は万国共通であり、それに対する想いの形も十人十色。ただ、僕はその、反体系的な夏の中、自分が一番幸せな位置に身を置いていたような気がした。その場所に僕を繋ぎ止めているのは、きっと…。
「今、何考えてた?」
唐突な声は、後方からだ。振り替えるまでもなく、声の主は分かっていた。
「…僕を、世界で一番幸せと思える場所に留まらせているものは何か…考察していた所」
僕は海を見詰めたまま言った。
「…良く分からないけど、答えは出たの?」
声は、この海のように澄んでいた。僕は答える。
「そこに咲く、一輪の白い花が、僕の心を掴んで離さないから…かな」
素直に言える筈もなく、僕はそう言った。
「ふ〜ん。で?その白い花の名前は?」
試すような口調。
「さあね…自分で考えれば?」
僕もまた、試すように言った。視界から青い海が消え、代わりに、麦わら帽子を被った少女が、後ろから僕の顔を覗き込む。
「何?」
「…くさい台詩を吐いた後の少年の顔はどんなものか…考察していた所」
僕の口真似をして、彼女は言った。
「答えは出た?」
僕は撫然として訊いた。
「真顔で言うあなたは、きっと将来は役者になれるでしょう」
おどけた調子で彼女が言う。僕は答えた。
「TV映りの良い顔とは思えないけどね」
すると、
「同感」
と言って彼女は微笑んだ。
同感されては、ぐうの音も出ない。反論を期待した僕が馬鹿だったよ…。
「冗談よ冗談!割りとファンは出来るんじゃない?…あれ、傷付いちゃった?」
明るい声を上げて笑い、彼女は言った。
「…別に。もし僕が俳優になったら、君にファン1号の座を進呈するよ。ちなみに返品は不可だ」
「光栄ね。今の内にサインをもらっておこうかな」
「いいよ。君の顔に油性ペンで書き殴ってやる。名前の下に『命』を付けてね」
「それは大変。修正液買ってこなくちゃ」
言葉と言葉のジャブの押収が終わると、僕等は互いに笑い合った。
「おはよう。百合」
一息つくと、僕はもう何度も口にした言葉を百合に捧げる。挨拶が遅れたのには理由が在る。逢って閉口一番に挨拶するのは、なんだか他人行儀なので避けたのだ。それは、僕等がサヨナラを言わないのと同じで、二人だけの不文律だった。
「おはよ。あなたの心を掴んで離さない白い花は、今日も元気に咲いてます」
百合はまた、おどけた口調でそう言った。
「僕の言った白い花の名前が、『百合』だなんて言った覚えはないね。それに、君の肌は白じゃなく小麦色だ」
僕は百合の困った顔が見たくなり、幾分、意地悪にそう言った。
「あら?あなたはこの前、私が出した謎なぞの答えに、A判定をくれた筈よねぇ…眠れる死者さん?」
にやりと笑い、百合は僕を横目にする。不覚にも、顔が少し熱くなった。赤くなってなければ良いが…。
「黒ずんだ百合の花、ってのも、悪くないかな…」
僕は取り繕うように言った。
「心は純白よ?」
良く言うよ。
「下着の色も?」
僕は言った。
「想像してみれば?」
想像…さらに顔が熱くなるのを、止められる訳がなかった。
「顔が赤いよ、変態死者君?」
百合が面白そうに笑った。…自分で言っておきながらこのザマとは…我ながら情けない。
「分かった分かった。僕の負け。百合の花は少し黒いけど、中身は雪のように真っ白。下着の色は不明。これでOK?」
僕は抵抗を諦めた。下着の色が伴然としないのは、少々残念。いや、この年頃の男はそういうもんだ。健康な証。決して僕がアレな訳ではない。
…そう信じたい。


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