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「巡る季節に」
【悲恋 恋愛小説】

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「巡る季節に」-1

黒いネクタイを締めた朝、僕は居場所をなくして立ちすくむ。


僕たちは別に特別な関係ではなかった。
貴女には素敵なパートナーがいたし、僕には慕ってくれる後輩がいた。
上司と部下との一線を越える気は僕にはなかったし、貴女は多分、僕の気持ちに気付いてもなかったと思う。
少しでも話がしたくて、事あるごとに指示を仰ぎにいく僕を少し頼りないと思っていたかもしれないけれど。


ある日、貴女がいなくなっているのに気がついた。
シフト制の仕事だから会えないのは珍しいことではない。
こっそり、上司のシフト表を開いてみる。
貴女のシフトに引かれたひとすじの赤い線。
目眩がするようだった。

他の上司に訊いてみたところ病名は不明だが入院したとのこと。
貴女の連絡先を僕は知らない。

夏が過ぎ、秋が来て冬になった。
貴女がどうなったのかは誰も知らない。
見舞いも断っているそうで、入院先も教えて貰えなかった。
ただ、オフィスに貼られた上司の写真の中の貴女の笑顔だけが眩しい。


春が来て、ようやく貴女は帰ってきた。
病名は乳癌だった。
「胸の筋肉までごっそり取られちゃったよ」
貴女はそう言って笑った。
「もう少し療養したら現場に復帰するから」
そして、
「心配かけてゴメン」
と僕の耳元で囁いた。

秋になり、ようやく貴女が現場に復帰した。
「これからまた一緒に頑張ろう」
それだけで、僕は嬉しかった。

しかし冬。
貴女は現場から離れ、他部署のオフィスで勤務することになってしまった。
体力の衰えが原因だった。

「今度は皆を陰から見守ってるから」
そう書き置きを残して貴女は去っていった。

そして、また春が来て僕は転職をした。
馴れない営業に疲れ、こなせないノルマに悩み、貴女のことを思い出すゆとりもなかった。
そして初夏。
僕はとうとう会社を辞めた。
自由な時間を得て、僕は貴女を思い出す。
転職の時に教えて貰ったアドレスを入力する。
「会社を辞めました」
と。

3日後、返信があった。
「君のことだから、きっと一生懸命頑張った事でしょう。この数ヶ月もきっと無駄な経験ではなかったと思いますよ。また、次の報告を待ってます。ガンバレ。」
そして、メールを送信した当日に神経痛で再入院した旨が記されていた。
お見舞いに行っていいかという問いに返信はなかった。


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