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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第20章-1

空の果ての、地平線の向こう側に沈んでいる見知らぬ町ではもう、朝が始まっているのだろう。遠い山の連なりにも似た、貼り絵のような雲の陰は、こんな時間に駅のホームに立つ私たちの為だけに美しかった。

現在午前4時半。大きなリュックを背負った私は時折の風に首を縮めたり、刻一刻と明るさを増す西の空を指差してははしゃいでいた。

プラットホームの人影はまばらで…当たり前だ、よっぽどの理由がない限り始発の電車に乗ろうなんて人はいない。私の「理由」は、昨日の午後7時、部活を終えて帰宅した私に飃が告げた一言だった。

「急で悪いが、連れて行くところがある。」

いつもながら簡潔な言葉だ。私はそれを聞いて喜びはしなかった。その日、欠席日数を軽視しているとどういう目にあうか担任にそれとなく示唆されていたから。

「な…なんで…?」

喜ばなかったどころか、私の表情は引きつってさえいただろう。ところが、行き先とその理由を聞いた瞬間私の顔は、電球が何ワットで明るく光るのかは知らないけど、その電球が壊れるくらいのワット数で輝いていた。



毎年春に執り行われる神楽のお祭りに、八人の長をはじめとする狗族は総出で集まって今後一年の方針を決めたり、新しく夫婦になった二人の結婚を改めて承認し、祝福するのだという。その祭りが行われる町は、毎年お神楽を舞っては豊作のお祈りをし、盛大に祭りを執り行う。その神社は、古くから全国の狗族を祀ってきた由緒正しいところで、お祭りも観光客が全国から集まるほど大きくて有名なものだ。

祭りで舞われるお神楽の最後に、その年の狗族八長が舞台に登場する。もちろん飃もその中に入っているのだ。

とはいえ、訪れた観光客も、まさか本当に神様の類が招かれているなんて思わないだろうな。しかも、その神様が電車を乗り継いでその町まで行って、ごく普通に旅館に泊まってるなんて。町の人だって、きっと神社の神主さんでもなければ毎年やってくる酒飲みの一団が本当の神様だなんて思わないだろうし…。それを考えると、何だか可笑しかった。

私たちが向かうのは、狗族の一人が経営する大きな老舗の旅館で、毎年狗族はそこに集まって宿泊する。そして、私を一番惹きつける温泉が、その宿にはあるのだ。

「ねえ!温泉ってさ、露天?露天もある?」

「己もまだ二度目だからな…よくは知らないのだ。前回のときは飲んで寝ただけだし。」

「えーっ?」

お祭りといえば華やかなものを期待していたけど…飲んで寝るくらいしかすることがないのだろうか。落胆の声を上げた私に、彼は笑って冗談だと付け加えた。多分、ちょっと恥ずかしいんだ。飃が舞台に立つなんて、何故か私まで恥ずかしくなってくる。



電車が冷たい風を巻き上げて到着した。早朝だというだけで、普段騒がしい電車の音もどこか控えめだった。

電車の座席は、そのままベッドになるくらい空いていて、私たちが乗り込んだ車両には誰もいなかった。私と飃は、広い車内の座席の端っこにくっついて座って…私が身じろぎして、二人の間の隙間を埋めた。

こうして並んで座ると、飃がどれだけ背が高いのかよくわかる。そして、どれだけ足が長いのかも。いつも無地のシャツにジーンズでは野暮ったいからと、今回は飃の言い分を完全に無視してお洒落をさせた。


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