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中嶋幸司奮闘記
【コメディ 恋愛小説】

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中嶋幸司奮闘記-10

「えーいままよっ! あたれコンチクショーーッ!!」
叫びながら押さえていた脇腹から手を外し、痛みを我慢しながらもいつも通りのシュート体勢に入ると、俺は何も考えずにボールを蹴った。
やべっ、意識が遠のく……。
でもまだだ。今はまだ楽していいところじゃない!
怪我の割にはいつも通りに右足を振りぬく事が出来た俺だったが、そこで終われないという執念に近い思考が俺をその場に立たせていた。
まだ、ボールの行方を見届けていない。
そう思いながら俺は再び脇腹を押さえると、ボールがきちんと男の後頭部目掛けて飛んでいきそのまま直撃するのを確認した。
「……よっし……」
顔を歪めながらも空いている左手で小さくガッツポーズを取る俺に柊が駆け寄ってきた。「中嶋っ! お前はそんな状態で何をしてるんだっ」
どうやら俺の状態に気付いた柊は険しい顔をすると、俺の腕を掴むなり保健室へ向かうのだった。

そして、その後は大変だった。
俺は保健室に引き摺られる様に運ばれ、保険医に預けられると柊は手際良く様々なところへ連絡をしたようだった。
暫くすると、パトカーや救急車のサイレンが聞こえてきた。
保健室に救急隊員が迎えに来た時、彼らは保健室の様子に呆気に取られた表情していたのを俺は苦笑しながら眺めた。
それは無理もない。何せこの時、俺は柊からは凄まじい勢いで説教されてるし、その横では愛那がわんわん泣いてるし、圭介達はその様子を呆れた様に眺めているしで大変だった。
その後、俺は病院に搬送されたのだった。

後日、入院先の病院に今回の騒ぎのお詫びとお礼という事で、美弥ちゃんが忙しい合間を縫って俺の病室に花を持って見舞いに来てくれた。
ついでに柊も一緒だが、これはしょうがないだろう……。
深々と頭を下げ俺にお礼を言う美弥ちゃんは、いつも朱鷺塚とケンカをしてる時や、テレビに出ている時とは全くの別人な印象を与えるほど真摯な態度だった。
そんな美弥ちゃんは花を生けてくると言い、花と花瓶を持って病室を後にした。
「中嶋……鼻の下が伸びてる……」
「わ、わりーかよっ! 多少の事は多めに見ろよっ。これでも名誉の負傷だぞ」
「ふざけるなっ!!」
俺の態度が気に障ったのか、柊は俺を睨みつけるとパジャマの胸倉を掴んだ。
「お前、今回はたまたまこの程度の怪我で済んだから良かったものの、もし……刺されたところがもっと違うところだったら……最悪の結果になったらどうするつもりだったのよ……」
睨みつけてる筈の柊の瞳から涙が零れ落ち、俺は自分の行為がどれほど人に心配をかけたのかを知った。
「…………ごめん」
「謝るな。今はこうして軽口も叩ける状態なのだから心配する必要もないだろう……」
柊は掴んでいたパジャマを離すと俺に背を向け、ポケットからハンカチを取り出すと涙を拭いていた。
こいつは……この柊加奈子という女の子はここまで俺の事を心配してくれていたんだろう。
普段は本当に狡猾で無表情で口が悪いけど、根っこの部分はいい奴なんだな……。
「ありがとうな。俺の心配をしてくれて……」
「勘違いするな。私は今回の件を依頼した手前……し、心配しただけだ……」
今は柊の背中しか見えないから彼女の表情は分からないけど、声色からして照れているのは俺でも明白だった。
「なあ、柊。こっちを向いて話してくれないか」
「断る」
即座に返ってくる返事に俺は苦笑しながらベッドから立ち上がろうとする。
毛布の衣擦れの音に異変を感じたのか、柊は急に振り向くと慌てて俺の身体を押さえ付ける。
「馬鹿かお前はっ! 自分が怪我人だという認識はないのかっ」
「でも、こうでもしないと柊はこっちを見てくれないだろ」
「しょうがない奴だ」と言いながら柊は少しだけ笑顔を見せると、俺の身体をそのままベッドに押し倒し毛布を掛け直してくれた。


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