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Larme
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Larme〜lonely liar〜-2

ボロアパートの階段を登る足音が聞こえる。
…帰って来た。
私は、急いで家中を見回す。
靴、よし。
洗い物、よし。
夕ご飯、よし。
洗濯物、…あ〜っ!!取り込んでない!
私は、血相を変えてベランダに走った。
が、
ガチャッ、ギーッ…
遅かった。
玄関に立つ疲れ切った顔の女性は、私を見てこう言った。
「…洗濯物は、暗くなる前に取り込んでって言ってあったよね?」
「ご、ごめんなさい今、入れようと思っ…」
「うるさいっ!!」
私は彼女に殴られ、壁に頭をぶつけた。
「…痛っ」
頭が、フラフラする。
「今じゃ遅いのよ!もう真っ暗じゃないなんでわからないの!?」
「…おかーさん、」
「なんであなたは何も出来ないの!?」
お母さんは、私を殴り続ける。
泣きながら、殴り続ける。
「…いたいよ、おかーさん、」
「っどうして、どうして!?」
私の声なんて、聞こえない。
「ごめんなさい、おかーさん…いいこになるから、」
遠くなって行く意識。
部屋には、ご飯の炊けるいい匂いが広がっていた。
物心がついた頃からこうだった。
仕事でくたくたになって帰って来て、私を殴る。
泣きながら
何度となく
お願いだから、そんなに悲しい顔をしないで?
…大好きなお母さん。

目が覚めると外は明るく、お母さんはいなかった。
『朝ごはんは温めて、昼と夜は適当に買って食べて下さい。』
書き置きをゴミ箱に投げ、ピラフを冷蔵庫に入れて、私はトーストをかじった。
…寂しい朝。
端の焦げたトーストは、イチゴのジャムと涙の味がした。
痛くない筈がない。
悲しくない筈もない。
でも、殴られてもいいから、怒鳴られてもいいから、一緒にいたかった。
洗濯機をまわし、掃除機をかける。
今日は、土曜日。
「…あっ」
私は、急いで掃除を済ませ、着がえて家を出、向かいの家のチャイムを押す。
何とも言いようのないドキドキした気持ちでドアの前に立つ。
「おはよう、ケイ」
寂しい思いは、一気に吹き飛ぶ。
私は、笑顔で彼女に答えた。
「おはよう」
私の住んでいるアパートから徒歩1分内の一戸建てに住んでいる大学生のお姉さんは、私とよく遊んでくれた。

…あの頃の私
体にも、心にも、傷が無いと言ったら、きっと嘘になる。
でも、彼女に会うことで、遊ぶことで、話すことで、私は救われていた。
彼女が教えてくれるいろいろな事が、本当に楽しくて、嬉しかった。
私にとっての彼女は、歳の離れたお姉ちゃんだった。
お父さんが死んで、お母さんは働いてて、兄弟がいない私にとって、彼女の存在はそれだけ大きく、かけがえのない物だった。
この時間が永遠に続けばいいと思った。
…でも、永遠なんて存在しない。
いいコトも悪いコトも、必ず終わりが来る。
この世は無常で、そして無情だ。

…彼女が病気になって入院したのは、いつだっただろう?
彼女に会いたい。
迷惑だから病院へは行くなとお母さんに止められていた。
でも、話を聞きたい、聞いてもらいたい。
寂しい。
会いたい。
いてもたってもいられなかった私は、彼女の家に行った。
「…ごめんね とっても重い病気なの」
おばさんは、クッキーと紅茶を差し出し、悲しそうに笑った。
小学生の私の目からでも、涙をこらえているのがわかった。
「…ごちそうさま」
彼女の家を出ると、私は病院に走った。
一目、彼女に逢いたくて…
どうすればいいのかなんてわからなかった。
これでいいのかもわからなかった。

「彼女にはね、今は会えないの」
申し訳なさそうに看護婦さんが言った。―面会謝絶
彼女の名前が入った個室のドアにかけられたプレートを、私は恨めしそうに見つめた。
彼女も、おばさんも、看護婦さんも、それから私も、誰も悪くない。
わかってはいるけど、寂しかった。

病院の時計を見る。
「…5時」
はっ
私は、病院を飛び出した。
お母さんが帰って来る。
…痛いけど、寂しくない。
私は家まで全速力で走り、階段を駆け上った。
ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に鍵を…
え?
鍵が開いている?
ゆっくり静かに少しだけドアを開く。
中から聞こえて来たのは、女の人の泣き声だった。
…お母さん?
私は、音を立てないようにドアをしめ、行くあてもないのに、どこかへ走った。
遅く帰ったら怒鳴られる。
殴られる。
わかっていたけれど、帰れなかった。
…帰ってはいけない気がした。


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