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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-8

「それはそうとお兄ちゃんも。早くお弁当食べなさいよ」
そんな九木を無視して、開封した弁当箱を、香織ちゃんは僕の目の前に突き付けた。
「いや、本当に食欲が…」
「何甘ったれたこと言ってるの!無理してでも食べなさい。…ほら、このハンバーグなんておいしいんだから」
前日に仕込み、今朝焼いたそれを香織ちゃんは箸を使って、僕の口にまで運んでくる。
どうしても僕に食べさせたいらしい。
「わかった。食べるよ」
「わかればよろしい。ほら、あ〜ん」
 その仕草が、目覚めたばかりで、箸をうまく使えなかった僕を世話をしてくれた彼女の姿とダブって、僕は自然と口を開けていた。
「あ〜ん」
「アツアツでんな…」
「!?」
いつの間にか復活を遂げた九木の台詞に、僕は口にしたハンバーグを危うく吹き出しそうになってしまった。
「ばっ、馬鹿か、おまえは!?」
「いや、二人の関係を知らんモンが見たら、ホンマにそう見えるで?」
「テメエは知ってるんだろうが!」
噛み付く僕。そんな僕を顧みず、九木は明後日の方を向いたまま、言った。
「ワイをシカトした仕返しや」
そう言われてしまえば、僕も矛先を納めざるを得ない。
「…悪かったよ。なにか話したいことがあったんだろ?」
言い方がぶっきらぼうなものになってしまったのはどうしようもないことだ。 そんな僕を気にした風もなく九木は、
「おおきに」
と、立ち上がり、何もないはずの西の空を振り仰いで、言った。
「ここに来たんわな。困っとるやろう、お前の力になるたいがためやねん」
「僕の?」
空を見たまま、九木は頷いた。
「半日過ごしてみてもうわかったやろ?ここではお前は特別な存在や。生徒だけやない。教師もお前には一目おいとる」
「そう、みたいだな」
九木の言うことは、一々、その通りだった。
二時間目はそうでもなかったが、三時間目の教師からは難易度の高い問題は容赦なく僕を指名してきた。多分、英里先生から僕の頭に問題はないと聞かされたのだろう。
「お前は忘れとるみたいやけど、ワイとお前は親友同士の間柄やったんや。親友のお前を見捨てたんじゃ、ワイの男が廃る!」
「そうなの?」
九木ではなく、香織ちゃんに聞いてみる。
「あたしの目からは悪友にしか見えなかったわね」
九木がコケた。
「そっ、そらないやろ、香織ちゃん」
「だって、そうとしか見えなかったんだもん」
「だとさ」
「とっ、とにかくや!」
もう一度立ち上がり、九木は力強く宣った。
「誰が何と言おうと、ワイは龍麻の力になる決めたんや!それは例え、あの天と地が明日引っ繰り返ったとしても変わらんねん!絶対に絶対や!」


―そこまで言われて、それを無碍に誰が出来ようか?

「でへへへ…」
「九木、気色悪い笑い方すんな」
そんな訳で放課後。僕と香織ちゃん、そして、九木は連れ立って家に帰ることになったのだった。
ちなみに、今の台詞は何故かニヤニヤと笑って歩く九木を、僕が注意するものである。
「だってしゃあないやん。こうして龍麻と帰るの半年ぶりなんやで?なんやワイ、嬉しゅうて嬉しゅうて」
「そうだとしても、その笑い方は止めてくれ」
こうして並んで歩いてみると、九木はデカかった。176ある僕の、更に10?は背が高い。
160あるかないかの香織ちゃんと並ぶと、もはや、大人と子供くらいの身長差だ。
香織ちゃんもそのことを気にしているのか、僕の右側から離れようとしない。期せずして、前後から見る僕達はきれいな階段状になっていた。
「それはそれと、龍麻…」九木が思い出したように、言った。
「お前、今ワイのこと『九木』言うたやろ?」
「それがどうした?」
「アカンて、龍麻。名字はその人の家を表す言葉やで。ワイの名前は『勇介』や。勇介呼んでくれ」
九木はまるで飼い主に餌をせがむような仕草をして、僕に迫ってきた。
「別にいいだろ、九木で」名前を呼ぶことを拒否する僕。しかし、なおも九木は要求する。
「アカンアカン。ワイは勇介や」
「それはもう聞いたよ」
「何を今更恥ずかしがっとんや?昔は平気で名前で呼んでくれとったやないか」
「そういえば、そうね」
九木の言葉を香織ちゃんが後押しする。
「せやろ?」
 同意を得て、九木は嬉しそうに聞き返した。
「うん、勇介って呼んでた」
 香織ちゃんも頷いた。
「ほらっ、香織ちゃんもこう言っとるんやから」
「そうね。昔みたいに名前で呼んであげるくらい、いいんじゃない?」
僕はそんな二人に挟まれながら、苛立つ心を押さえられなかった。


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