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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-5

 それにしてもよく転ぶ日である。
唯一の救いは、いずれの場合も下がコンクリートで舗装されていたことだ。
これが砂や土だった日には、今頃僕は土塗れの制服で一日を過ごさなければならなかっただろう。
「チャイムはとっくに鳴っているんですよ。友達と遊ぶのは教室に入ってからにしなさい!」
「すんまへん…」
目の前では、香織ちゃんに『九木先輩』と呼ばれていた生徒が、女の先生に叱責を受けていた。
ツンツン頭に古風な丸縁眼鏡をつけたその生徒は、なかなかに精悍な顔立ちをしている。
もっとも、さすがにションボリとしていて、これが犬なら尻尾を情けなく垂らしていただろうが。
「それに君たちも」
それまで九木(こんな奴呼び捨てで十分!)を叱っていた先生がこちらを振り返った。
「!!」
 その顔に僕は驚いた。
 彼女だったのだ。あの時とは違い、眼鏡をかけてはいたが、それは確かに病室で僕に泣きながらに抱きついてきた彼女だった。
「予鈴はもう鳴ったのよ?さっさと教室に入りなさい」
 彼女は僕の存在に気付いていないようだった。
「すいません…でも、お兄ちゃんを職員室に送らないと…」
香織ちゃんがチラリと僕を伺い見る。
「お兄さん…?」
その視線を追うようにして、彼女は初めて僕の存在を認知し、
「っ……」
表情を凍りつかせた。
僕は焦った。捜し出して謝ることは決めていたが、かけるべき言葉を、僕はまだ見つけられてはいなかった。
それにこんなに早く見つけられるとは夢にも思っていなくて、心の準備ができていなかったのだ。
とにかく、このままではまずい。
僕は意を決して、声を出すことにした。
「あっ…」
「いいわよ」
しかし、彼女はその言葉を奪うようにして言った。
「担任の先生には、私から言っておきます。たしか、鎌田先生よね?」
「はい!」
香織ちゃんが頷く。
「わかったわ。お兄さんを送ってあげなさい」
そう言い残して、彼女は行ってしまった。
僕はそんな彼女の後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
「あの先生、なんて名前なの?」
彼女の姿が完全に見えなくなった頃、僕は香織ちゃんに聞いた。
「如月(きさらぎ)若菜先生。去年、音楽の担当として新任してきたの」
「ワイから言わせれば、風紀担当やな。見かけはあの通り若くて綺麗やのに、生徒の素行に厳しくてしゃあない」
頼みもしないのに、九木が補足を加える。
「まあ、あれでも少し前まではええ感じに丸くなりかけとったんや。それが最近、昔に逆戻り。下手すると昔よりキッツイかもしれへん」
「そうですねぇ」
香織ちゃんも九木の言葉をため息混じりに肯定した。
 そんな二人の声を聞きながら、僕は病室で見た最後の彼女の顔を思い出していた。
「…それにしてもお前、ホンマに記憶無くしとったんやな」
九木の独白に僕は耳を疑った。それは香織ちゃんも同じらしい。
「九木先輩知ってたんですか!?」
ただでさえ大きな目を真ん丸にして、彼女は九木を見た。
「噂程度にな」
「それならどうしてあんなことしたんですか!?」
 そんな彼女に、彼は悪びれた風もなく言い切った。
「ワイは噂は好かん。何でも、この目ぇで確かめんことには気が済まんのや」
多分、この時の僕は絵に書いたようなアホ面を晒していただろう。
それほど、彼の言い分に僕は度胆を抜かれたのだ。しかし、それもしばらくすればフツフツと煮えたぎる怒りに取って代わり、
「このエセ関西人!!」
次の瞬間、爆発した。
「そんな理由で俺にあんなことしたのか!!」
「誰がエセやって!記憶喪失の分際でどうしてわかるんや!?」
「関東にいる時点で、テメーはエセだって言ってんだよ!」
「そんな道理があるかい!ナメたことヌカしよると、もっぺん食らわしたるぞ!!」
「いい度胸だ!その前にそのふざけた丸眼鏡、叩き壊してやる!」
「ふっ、ふざけたやと!?ワイのポリシーに向かって今、ふざけた言うたんか!?」
「ああ、言ったさ!気に入ったんだったら、何度でも言ってやるよ!このクソ眼鏡!!」
誰もいない晴れた空の下。僕達の怒号とチャイムの音がいつまでも虚しく響いていた。

「もうやめてよ、二人とも!!」


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