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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-4

 結局、彼女とはそれ以来、顔を会わせることはなかった。
 彼女があれからすぐに病室を飛び出し、それ以降、見舞いに訪れてはくれなかったからだ。
 多分、怒らせてしまったんだろう。
 だから、僕は彼女が誰だったのか正確には知らない。
 わかっているのは彼女が週に一度のペースで僕の病室に訪れてくれたこと。
 彼女は看護婦に僕の従姉妹だと名乗っていたこと。 そして、僕には従姉妹と呼べる存在がいないこと。 これは家族全員に確かめたことだから、多分間違いはないはずだ。
 彼女は何故、身分を偽ってまで、僕の見舞いに訪れてくれたのか。
 僕は彼女を捜そうと誓った。
 捜しだして謝りたかった。
 八つ当りのような形で、彼女を傷つけてしまったことを。
 そして、『僕』との本当の関係を彼女に聞きたかった。
 それを為すには、いつまでも家に留まっている訳にはいかないのだ。

「……」
「お兄ちゃん?」
「……」
「ちょっと、お兄ちゃん!!」
「いてっ!?」

突然の痛みに僕は悲鳴を上げた。香織ちゃんに右耳を引っ張られたのだ。
「何ボケッとしてるの?ほら、学校に着いたわよ」
どうやら、回想の世界にどっぷりと浸かり過ぎたようだ。
 僕達はいつの間にか学校の前まで来ていた。
どこをどのようにしてここまで来たのか、まるで覚えていない。
 せっかく、香織ちゃんに道を教わろうと思っていたのに。
 そのことを素直に謝ると、香織ちゃんは、
「もう!シャキッとしてよね。そんなんじゃ、また事故に遭うわよ?」
 人差し指を突き付けながら僕を怒った。これは笑って誤魔化すしかないなと、笑えば、
「笑って誤魔化さない!」
「いてっ!」
怒りの鉄拳が飛んできた。そんなやりとりをしながらも、とにかく校門を潜った、僕達。すると、辺りからどよめきが起こった。
『ねぇ!あれ、竜堂先輩じゃない?』
『本当だ!?竜堂先輩だわ!』
(なんだ、これは?)
『マジかよ!あいつ死んだんじゃなかったのか!?』
『俺もそう聞いたぜ!』
(勝手に殺さないでくれ!) 皆、言っていることはまちまちだが、僕がここにいることに驚いているようだ。
「なんか、みんな驚いてるみたいだけど?」
「…ああ。あんま気にしないでいいよ。いつものことだから」
「いつものこと?」
「そっ、いつものこと。そんなことより、早く職員室に行かなきゃ。もう授業が始まっちゃうわよ?」
 僕の質問に投げ遣りに答え、香織ちゃんは僕の背中を押した。と、
「龍麻…?龍麻やないか!」
僕の名を呼ぶ声がする。僕はその人物を探そうと辺りを見渡した。
だけど、それらしい人物は見当たらず、目につくのは、相変わらず遠巻きに僕を見る生徒達の顔だった。
「どこを見とるんや。ここや、ここ」
「!?」
上でガサリッという音がしたかと思えば、僕の目の前に何かが落ちてきた。
いや、木から人が飛び降りてきたのだ。
 ガッ!
「えらい久しぶりやなぁ!今までどこをほっつき歩いとったんや、こいつは!」
かと思えば、そいつは僕の頭を脇に抱え、こめかみに拳を押しつけてきた。
「いたたたっ!!!」
その痛み、香織ちゃんの鉄拳の比ではない。
「ちょっ!?九木(くき)先輩!」
 焦る香織ちゃんの声。
「おお、香織ちゃん。相変わらず、可愛いなぁ」
 それを意に反さず、そいつは暢気に香織ちゃんを煽てる。
「えへっ。それほどでも…」
(照れてる場合じゃないよ、香織ちゃん!!)
「って、違いますよ!お兄ちゃんを離してください!」
(そうそう!)
「大丈夫やて。いつもの通り戯れとるだけやさかい」
(な、なにっ!?)
―これがいつも通りって、昔の『僕』はどんな学生生活を送っていたんだ!?などと、文句を言っている場合ではなかった。
一秒でも早く、この手荒い歓迎を抜け出さないことには、痛みと息苦しさで失神してしまいそうだ。
「こっの〜!」
「おっ?」
僕は全身の力を振り絞った。それこそ、覚醒してから今日まで、こんなに力を使ったことがないほどに。
「いい加減に…」
「いい加減にしなさい、九木君!!」
もう少しで頭の拘束が解けるというところで、その声は響いた。
途端に、腕の力が緩まった。
「!?」
そう緩まったのである。そのせいで拘束を解こうとしていた僕は、そのままの勢いで後ろに転んでしまっていた。
「大丈夫、お兄ちゃん!?」
「な、なんとか…」
気遣う香織ちゃんに僕は痛みに顔をしかめながらもなんとか笑ってみせた。


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