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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-20

 驚いたことに、僕が『ラプンツェル』に入った頃には、すでに英里先生はそこにいてホットのブレンドを飲んでいた。
 約束の一時まで、あと三十分もある。
 し・か・も、だ!
 今日の先生は、普段見慣れたスーツ姿ではなく、ヘソ出しTシャツに、黒のミニスカート、レザーのロングブーツというやたらに派手な私服姿。
 その様といったら教師というより、女子大不良ロック娘といった方がしっくりくる。脇には脱いだのか、丈長のジャケットが置かれ、胸元にはキラリと光るネックレスが飾られていた。 目のやり場に大いに困ること受け合い。
 事実、店内の男連中がチラチラと、そんな先生を盗み見しているのがわかった。
 先生は僕の姿を見つけると、軽く手を振った。
 自然、男たちの視線が僕に集まる。どいつもこいつも、美女の待ち人が僕のような年下だとは思わなかったらしく、露骨に驚きと嫉妬の入り交じった顔をしておる。
 店内に悲鳴が響いた。見れば男が、連れの女性に耳を引っ張られている。
 僕は心の中で、「ざまあみろ」と舌を出して、速やかに先生へと近づくと、挨拶もそこそこに、先生の向かいに腰を下ろした。
「わりと早かったな」
「先生こそ……いくらなんでも早過ぎですよ。僕が今来たからいいようなものの、遅れてきたらどうするつもりだったんですか?」
 本当は違うところを突っ込みたかったのだが、それはそれ。世渡りを覚えてしまった少年の身では、これだけで精一杯だ。
 先生はカップを掲げて、笑った。
「ここのコーヒーは美味いからな。その時には、もう一杯飲めると喜ぶだけさ」
「……」
「なんだ、ずいぶん反抗的だな?」
 黙ったままの僕に、先生が眉を吊り上がらせた。元がいいだけに、そうされると結構、怖い。
 僕は肩を竦めた。
「感激のあまり、言葉が見つからなかったんですよ」「なんだ、それは?」
 先生が微笑んだ。
「嫌味のつもりか?」
「そんな、まさか!ただ思ったことをそのまま口にしたまでです」
「どんなつもりで言ったんだ?」
「それは…モニョモニョ」 先生は笑いだした。
「いいぞ、竜堂。だんだん九木に感化されてきたな」
「それって誉めてます?貶してます?」
「さあな。どっちだと思う?」
「希望をいうなら、どっちも選びたくないなあ」
「何故だ?」
「悪い方を取るなら、あいつに失礼だし、良い方を取るとすると、僕よりも勇介の方がいい男ということになるでしょ?それは僕という人間に失礼」
 とうとう、先生は腹を抱えて笑いだした。
「なるほど!そうなるな」「複雑な男心、ご理解いただけました?」
「ああ。十分過ぎるほどに理解したよ」
 それはなにより、ということで、僕はアメリカンを注文した。小腹も空いていたので、ピザトーストも合わせて頼む。
「先生はどうします?」
 気を利かせて聞いたのに、先生はまだ腹を抱えていた。意外と笑い上戸、なのかな?

 運ばれてきたコーヒーで喉を潤し、カリカリのピザトーストで腹を宥めた頃。
 先生の発作はようやく治まりをみせた。
「さて、そろそろ本題に入るか」
 格好はこうだが、さすがは教師。直ぐ様、引き締まった表情を見せる。
 僕は頷くことで、同意を表した。
「昨日の電話で個人的な相談だと言っていたな?」
「はい、言いました」
「……それは若菜に関することか?」
「えっ!?」
 僕は目を真ん丸にして、先生を見た。
 それを質問に対する肯定と取ったのか、先生は「やはりな」と呟いて、コーヒーカップに口をつけた。
「どうして…」
「わかったのか、か?」
 僕は馬鹿みたいに、何度も頷いた。
「それはわかるさ。若菜はお前が復学してきてからこっち、ずっとお前のことを避けていた。お前はそんな若菜のことをずっと視線で追い掛けていた。痺れを切らしたお前が、何らかの行動を起こすのは目に見えている。それに……」
 そこで一度切ると、僕の耳元で先生は囁いた。
「あの夜、私たちの話を立ち聞きしていただろう?」
「っ!?」
 今度こそ、僕は絶句した。まさか、バレていたなんて今の今まで、思いもよらなかったのだ。
「盗み聞きするなら、もっとうまくやることだ」
 何も言えず、固まる僕を見て先生はニヤリと笑った。とても魅力的とはいえない表現だがしょうがない。僕には本当にそうとしか見えなかったのだから。
「あなた、何者ですか?」 ようやく口に出来た言葉は、そんな芸のないものだった。
 先生は自信に溢れた表情で、言った
「しがない女教師さ」
 本当かよ!!っと、心の中で叫んだのは、言わずもがな、だ。


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