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『異邦人』
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『異邦人』-5


(しかし、言葉が通じないと不便だよなぁ……間が持たないよ。)
光は、自分の分のコーヒーと、彼女の分のココアを持ってきながら、そんな事を考えていた。でも、なんであの時彼女の声がはっきり聞こえたんだろう。色々考えてみても、結局は何もわからない……。課題のレポートを書きながら光は考える。
(突然の訪問者……かぁ。まぁ、退屈じゃなくなったのは確かだけど……ずっと置いとく訳にも行かないし、どうしたもんかな?)
作業の手を止めて顔を上げると、光を見ていた彼女は、いつの間にかウトウトとしていた。

傷だらけの素足、さっきの食べっぷり、ルーンにとって大変な一日だったのだろう。連れには申し訳ないけど、今日はここで休ませてあげよう……
そう考えて光は彼女を抱き上げるとベッドにそっと横たえた。
ルーンは不安げに光の袖口を握り何か喋っている。
「いいんだ……心配しないでいい。今日はおやすみ……」
そのまま彼女が眠りにつくまで、光は優しく頭を撫で続けていた。

「ふぅ……」
小さな寝息を立てているルーンの傍(かたわ)らに座り、光は煙草をくゆらせている。
なんとも不思議な女の子だよな。なんて言うか無邪気っていうのか……明日、警察に連れて行こう。早く帰してあげたいし……きっと親だって心配してるさ。
そんな事を考えていたら、段々と眠気が忍び寄り光は大きな欠伸をした。
「全ては明日……か。」
畳に寝っ転がり、毛布にくるまると光もまた眠りにつく。

「ん……どうした?」
寝入りばなに毛布を捲られ光は呟いた。ルーンが光を見ながら、側に寄って来る。半分寝惚けていた光は、彼女を抱き寄せると頭を撫でた。
「怖い夢でも見たか?よしよし……」
しかし光の言葉はそこで途切れ、やがてしばらくすると微かな鼾(いびき)が響き始めた。



目の前に彼の顔がある……あたしの胸はドキドキしていた。さっきまで、襲って来る眠気とあたしは必死で戦っていた。

だって泊めてもらうなんて虫のいい話だもの……

なんて言ったものの行く宛も帰る宛もない……
そんなコトを考えてたら突然、体がふわっと浮いて、あたしは我に返った。彼があたしを抱き上げてベッドに運んでいる。
「いいの?甘えちゃっていいの?」
あたしが聞くと、答えの代わりに大きな手が頭を撫でてくれる。優しい眼差しが見つめている。体を包む安心感が瞼を下げて行き、そしてあたしは眠りに落ちていった。

夜中に目を覚ましたあたしは、体を起こして辺りを見回す。自分の部屋であって欲しいと願いながら……

でも、やっぱりあの部屋だった。

夢であって欲しかった。
嘘であって欲しかった。

けれど、これが現実なんだ……そう思うと涙が出た。彼はどこ?あたしが捜すと、床の上で彼は眠っている。
ごめんなさい、あたしがベッドを取っちゃったから?
込み上げる淋しさに耐えきれず、静かに彼の側に行ってみた。部屋を包む闇が言い様のない恐怖と孤独を運んで来て、知らず知らずのうちにカタカタと体が震え出す。たまらず毛布を捲ると、彼はうっすらと目を開けた。
大きな腕があたしを抱き寄せると頭を撫でてくれる。いつの間にか彼は、微かな笑みを浮かべたまま、また眠ってしまった。

なんで人の温もりはこんなにも優しいんだろう…

ねぇ……どうして貴男はこんなに優しくしてくれるの?
もっと知りたい、貴男の事を……。なんだろう、こんな気持ち初めて……胸が痛い……ううん、苦しい……ちゃんと話したい……

「……ひかる……」

あたしは彼の名をそっと呼んでみる。唇が触れそうな程近くにあった。

「……ひかる……」

彼の名前を口にするだけで、更に胸は高鳴っていく。苦しい……だけど、こうしていたい……

「……ひかる……」

この気持ちを伝えたい……溢れる想いを乗せて、あたしは彼と静かに唇を重ねた。


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