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『異邦人』
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『異邦人』-12

「あたしにはわかる……彼女がどうして嘘をついたのか……。貴男を愛していたから……、貴男に愛されていることを知っていたから……、だから、貴男に悲しみを引きずって欲しくなかった……。その為についた、悲しくて優しい嘘……。どうして、それが分からないの!?」
台詞の最後の方は、すでに涙声になっている。涙を流し、訴えかける様にルーンは喋っていた。
「ルーン……」
「あたしだって……あた…し、だって……」

ルーンの体が突然グラリと揺れて、そのまま前のめりにベッドに突っ伏す。
「お、おい!ルーン!どうした!」
光は駆け寄り、彼女の体を抱き起こした。まるで気を失ってしまった様に光が体を揺すっても、ルーンは目を覚まさない。軽く頬を叩き、何度か声を掛け続けていると、ルーンはやっと反応を示した。
「よかった……気がつい……!!!」

驚きのあまりに光の言葉は途中で途切れる。声に反応して、ゆっくりと瞼を開けたルーンの瞳の色は普段の淡いブルーではなく、薄い茶色に変化していた。やがて、視点の定まらなかった瞳が動き、光の顔へと焦点が合う。
「ルーン……大丈夫なのか?」
光の問いに何も言わず、ただひたすらルーンは光を見つめていた。食い入る様に、ただひたすら……

次第に瞳が潤み、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。震える唇を噛み締め、そっと伸ばした白い手が光の頬に触れた。指先までもが微かに震えている……

頬から鼻、唇から顎へと、まるで光の存在を確かめる様に、指先は動いた。
「ど、どうしたんだよ?一体……」
困惑しつつも光は尋ねる。その声にルーンは初めて反応した。目元が優しく優しく緩んでいく。

「……光……」

たった一言だけルーンは喋った。それだけの事だが、光を驚かせるには充分過ぎる程だった。光は自分の耳を疑う……なぜならルーンの口から零(こぼ)れた声は、まったく別人のものだったからである。けれど、本当に驚いた理由はそうではない、それは………

「……ずいぶん痩せちゃったんだね光………」

自分の頭はおかしくなってしまったのだろうか?そんな事を光は考えていた。なかばパニックを起こしかけながらも、かすれた声で光は言った。
「……ま…さか……美幸…なの…か?」
ルーン(美幸)は微笑みながら、小さく首を動かした。

「お久しぶり…って言うのも変な挨拶よね……」

夢なのか現実なのか……今、目の前で起きている事は既に光の思考の範疇(はんちゅう)を越えていた。
「よしてくれ!俺をからかってるなら悪質過ぎるぜ!ルーン!!」
訳がわからず光は叫んでしまう。
「からかってなんかいないわ……それは貴男自身がわかっている筈よ……。違う?」
あくまで冷静に彼女は話した。この話し方……懐かしさ……疑う余地などある筈がない。しかし……

「本当に美幸なんだな?だけど、どうして?……」
「私にも良くわからない……。多分、今の私は意識の集合体とでも言えばいいのかしら?」
「意識の…集合体?」
「そう……私はあの日、確かに死んだわ……。それは紛れもない事実……でも、光と離れたくなかった。貴男に忘れて欲しいとか言ってた癖にね……」
「わかっていたさ。あれが嘘だって事ぐらい……」
光は苦笑いを浮かべ、美幸を見つめた。
「バレちゃってたんだ。恥ずかしいな……」
悪戯が見つかった子供の様に、彼女は上目使いになる。そんな仕草の一つ一つが光をあの頃へと導いて行く。
「しばらくは貴男の側にいたのよ……。でも、すごく辛かった……塞ぎ込む光を見ているのが……。届かない想いが、もどかしかった。もし、もう一度話せるなら元気出してって言いたかった……」
「………」
「でもね、少しづつ元気になる貴男を見て、寂しいけど、これでいいんだって思った。もう行かなきゃって……」
「……すまない……美幸……」
光の台詞に彼女は慌てた様に首を振った。
「ううん、謝らないで。あれでよかったのよ、きっと……」
「美幸……」
「それからは、よくわからない……どこか暗いところにいた様な気もするし。このまま消えて、なんにも無くなっちゃうんだろうなって……。でも、ただ一つの想いだけが消えなかった。貴男に会いたい……その想いだけが、ずっと……」

震える声、何かを堪えるように上を向く彼女の仕種に込められた想いが痛い程伝わって、光は胸が締め付けられる思いだった。
「そんな時、強い何かに引っ張られたの。眩しい輝きに包まれて、目も開けられなかった。そして、誰かの呼ぶ声がして目を開けたら……」
ルーン(美幸)は再び、光を見つめる。
「貴男の顔があった……。夢だと思った……強い想いが見せた幻なんだって……でも、手を伸ばしたら……そこには確かに光がいた。私の声が貴男に届いて……これは現実なんだってわかったの。」
溢れでる涙を拭いながら彼女は微笑んだ。


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