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毎日考〜始まりの前〜
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毎日考〜始まりの前〜-2

「うん。」
俺の手に触れた彼女の手は、寝起きのせいかほんのりと温かく。
俺はその手に口づけをした。

「…。」
彼の唇が、微かに触れた。
しっかりした体つきとは正反対の、柔らかなその感触が。
あたしの記憶に刻まれて。
幼い頃の記憶が一つ、溢れ落ちた気がした。

「ね、お風呂。」
しばらくそうしていた。
このまま、永遠に時が止まってしまえばいいのに。
そう思ったとき。
吐息と共に彼女が言った。
瞳が、切なそうに潤んでいた。

「そうだね。」
彼の口ぐせを聞くたび、不安に、そして穏やかな気持ちに。
ゆらゆらと揺れ動く。
今日は不安に、なった。
こんな気持ちになるなんて。
温かいお湯に浸かって想う。
彼の。
聞き慣れた、声。

* * * * * * * * * *

彼と出会ったのは、大学生になったばかりの春。
その年は冬が長引いて、4月になってもちらちら雪が舞う日が続いていた。
大学の入学式。
その年高校生になった妹の入学式と重なって、両親が出席することはなかった。
周りは知らない人ばかりで。
スーツを着ていなかったあたしは、よけいに浮いていた。
あたしの味方は水筒に入れてきた温かいチャイだけ。
会場の前で楽しそうに写真を撮っている親子を横目で見ながら、花壇の縁に腰かけていた。
寒い日だったけれど、晴れた空が目に優しい日。
ミルクとジンジャーの香りに、ホッとさせられる。
チャイにしてよかった。

2杯目をカップに注ごうとしたとき、隣に人が立つ気配がした。
ちょうどよく洗いざらしになったジーンズが視界に入る。
スッ、と隣に座った男性。
シンプルだけど、しっかり選ばれた服装。
どこにでもいそうな、少しおしゃれな人。
それが第一印象。
普段よりも砂糖を多く、甘めに淹れたチャイからの湯気が、彼の方へと流れた。
白い湯気を追って顔を上げると、彼と目が合った。
「チャイだね。」
優しい声。
軽く微笑んだ口元を見つめてしまった。
いきなり言い当てられて驚いたあたしを、愉しげに見つめる。
「煙草、いいかな。」
あたしが返事をする前に、彼が煙草とライターを取り出した。
「いい?」
うなずくと、細めのそれをくわえて火をつけた。
あたしもチャイをすする。
冷めてる。
その分甘みが強い。
新入生らしきスーツの人たちは、まだ騒いでいる。
みんな笑顔で。
キラキラして。
楽しそうで。
あたしまで幸せな気分になる。
なんとなく微笑んでしまう。
隣に座る男性も、新入生たちの方を見ているのがわかる。
「勧誘だから。」
しばらくして、その人が口を開いた。
かといって、何の勧誘かを言う訳でもなくて。


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