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ツバメ
【大人 恋愛小説】

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ツバメF-2

『やっぱり誰にも相談できないよなぁ……』
カタカタとパソコンのキーボードを叩きながら呟く。
「どうしたの?」
『わっ!』
ひょいと横から千川くんが覗いてきた。
『あ……いや、なんでも』
「そう?ならいいけど」
千川くんはニコッと笑いながら持ち場に戻った。
『うう……』
やっぱり一人で解決しよう。


勤務終了。

『……あ』
芝さんがまっすぐにこっちへ向かってくる。
『あの…』
「駅まで向かう」
『は……はい』
すぐさま、芝は無言で歩き出したので慌てて追いかける。
『……』
普通ならなにか話して場を和ませるのだが、状況が状況である。
自分への処分が恐いので黙るしかない。

駅のホームで並んで立っていると、ようやく芝が切り出した。
「……なにを言われるかはわかっているな」
ひっ!きた!
『あの……本当に申し訳ありませんでした!』
ひたすら命乞い。
「……」
『……』
四十五度で頭を下げているので顔は見えない。
重苦しい時間が流れる。
「会議のことか?」
『は…はい!』
「……そのことはいいんだ」
『……へ?』
ポカーンとしてしまう。
「その…俺の噂を知らないのか?」
『……』
なんとなく聞いたことがある。

芝真幸がダンディーで若い社員に人気である、という噂には続きがある。
実は、芝は所帯を持ちながら女に見境がなく、目をつけた女は逃げられないという話。

思い出した瞬間、さっと血の気が引いた。
『あ…あの』

目をつけられた!?

『噂、本当なんですか?』
「……本当だ」
予感的中。
『あの……奥さんと息子さんがおられるんですよね?』
「……ああ」

ええ!?

『じゃあなぜ……』
「俺に誘われた女は皆必ずそう最初に聞く」
『……』
「だが結局、俺は断られたことはない。何故だかわかるか?」
『いえ……』
「皆、最終的に俺の虜になるからだ」
『え……』
この人、真顔でなに言っちゃってんの!?
「どうだ、一晩だけでいい。俺と来ないか?」
答えはもちろんノー。
だけど……
『あの……』
「心配しなくていい。傷つけるような真似はしない」
『そうじゃなくて』
あたしは……弱みを握られてる。
一発で首が飛ぶ弱み。
「そうだったな。きみは私に熱い茶をぶちまけた。とても熱かったよ」
『……』
芝がニヤリと笑った気がして冷や汗が流れる。
ここで“卑怯者!”と言うのがあたしなんだけど。

さあどうしよう。
さらっと断れないよね。
というか、やっぱりみんな付いて行っちゃうんだろうな。
かっこいいし、渋いし。

『はっ』
いかんいかん、ちょっと興味が沸いてきちゃった。
「ふん、今日のところはまあいい。明日返事を聞く」
『え…あ…はい』
余りに返事をしないから、芝さんは痺れを切らせてしまったようだ。

まあこの場はうまく治まった。
もうラッキーとしか言い様がない。

しかし問題は明日。
明日は本当に襲われてしまうかもしれない。

『どうしよう……』
悩める椿芽を余所に、電車はゆっくりとホームに入ってきたのだった。


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