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『名のない絵描きの物語』
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『名のない絵描きの物語〜列車編〜』-4

全て言いきった気がする。
今まで溜め込んだ汚い、醜い感情を余す事なく。
見ず知らずの旅人に、まったく関係のない絵描きサンに。
でも田中サンはジッと聞いていてくれたし、時折相づちも打ってくれた。
優しく
『大丈夫ですか?』
とも言ってくれたし、
『辛ければいいですよ。』
とも言ってくれた。
私はだいぶ、身体が軽くなった様に思えた。
田中サンは優しくこう言った。

『好きなんですね。その彼の事が。 それは田中にはとても羨ましい事です。』田中サンの眼は時たま絵に向かい、絶えず手は動き続けていた。
絵も完成間近の様だ。
『田中には愛せる方がおりません。 ゆえに田中には貴方が羨ましく思えます。』
切れ長の眼には優しさが滲みでていた。
私はまた泣きそうになる。
青い鳥がチチッと鳴き、白すぎる雲はさらに大きくなっていた。





『この絵のタイトルはまだ決まってないのですが、どの様にしたらいいでしょうか。』
不意に田中サンが言った。
『田中が今考えておりますのは、“貴女”でございます』
田中サンは私の方を指して言う。
「わ…たし?」
『はい。田中には、この白い雲は貴女の様に思えてなりません。』
田中サンはまじまじと私を見つめる。
その眼には強い光があって、私は不思議に納得させられる。
『貴女はあの白い雲の様に、なにもない空に自己主張をしています。
しかし自分の形を整えられないのを理由に苦しむのは止めて下さい。
同じ空には、鳥だって、太陽だっています。 周りをご覧になって下さい。
広がる大地も見渡せるはずです。
彼の事も信じられるはずです。』
田中サンの一言一言が胸に響く。
麦わら帽子がヒョコヒョコ揺れている。
『空には貴女が見た事のない物もあるでしょう。
しかし、貴女はそこにいます。 ゆっくりとですが、動いています。
彼も恐らく動いています。 どこへかはわからないでしょう。
しかし、貴女も彼も動いてるのです。』
私も彼も動いている。
ゆっくりとでも、動いている。
『だから忘れないで下さい。
貴女が雨を降らせれば地は濡れます。
貴女が心良く動けば地は明るみます。
貴女が雲で、彼が太陽ならば、それはそれでバランスのいる事です。
急いでる時こそ天候は変わりやすいものです。』





田中サンはそれだけ言って今描いていたスケッチブックの一枚を破った。


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