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言葉と記憶と斑猫と…
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言葉と記憶と斑猫と…-3

―ヘックション…―
 
 そんな間抜けな自分のクシャミで目が覚め、縁側で一夜を過ごした自分と対面した。
 ゆっくりと身体を起こした俺は、大事な視力を、何処かの化け猫に奪われ、オブラードに包まれたような視界の悪さに目を細める。
 このままでは埒があかないと、頭をかきむしって、渋々身を屈めた。
 俺は、まるで、ひき逃げの現場で加害車両の痕跡を探す警察官や鑑識のような体制で縁側を這い回り、やっとの思いでコンタクトケースを探し当てた。
 ヤレヤレ…と溜息をつきながらレンズを眼に差し込むと、朝陽が一気に網膜に吸い込まれ、慌てて目を固く閉じ、反対側に顔を背ける。
 そして、今度は覚悟を決めてそっと目を開ける…
 大丈夫そうだ…そう思い、再度朝陽の方へ向き直った俺は、今度は『うわッ!』と悲鳴を上げてその場から飛び退いた。
「失礼ね!人の顔見て驚くなんて。それがレディーに対する朝の挨拶かしら?」
 そう言って、肩を竦める女性を改めて見上げた俺は、今度は声を出す事も出来ないくらいに驚いて、再び身体を翻した。
 驚いたのは、同級生の茜が、我家の庭先に突っ立っていた事ではない。
 その頭上に乗っかっている見覚えのある代物……
 柱に身体を隠したまま、恐る恐る顔だけ出し、仁王立ちの茜のほうを見た俺は、『何よ!』と吐き捨て、睨みつける彼女に勇気を振り絞って聞いてみた。
「茜…お、おまえ…その眼鏡……どうしたんだ?」
 『これでしょう?』と、自分の頭の上に刺し込まれている俺の眼鏡を指差す彼女。
「私だって分からないわよ。朝起きたら枕元にあんたの眼鏡が置いてあるんだもん。気色悪いったらありゃしない!まさか、あなた…夜中に私の部屋に忍び込んだんじゃないでしょうね!」
 眼鏡を刺していた人差し指を翻し、思い切り俺を指差しながら、ガミガミと窘める茜を呆然と眺めていた。
 茜の家は隣町。
 ここに来るまでにはかなり時間を費やしたに違いない。
 朝起きて、俺の眼鏡を発見し、すぐに駆けつけてくれたにのだろうか。
 そこまでして、眼鏡を届けてくれたのはきっと、角膜炎を起こしやすく、コンタクトを長時間つけていられないくせに、眼鏡なしでは一寸先は闇。
 一歩も歩けない俺を気遣ってのことだろう。
「もぅ!聞いてる?私の話!!」
 何も聞いていなかった。
 だって、彼女の激怒する顔を、口をポカンと開けたまま見つめていた俺の頭の中は、昨夜、ハンビョウが俺に投げ掛けた最後の言葉と、俺の中にある過去の記憶でいっぱいだったから。

「忘れてしまう前に、早く気付いて……」

 その台詞と俺の記憶と憑依する猫…全てが溶け合って、点と線で繋がって…ひとつの答えを俺に出させた。
 その言葉の決定的な答えを聞き出す為の質問が、今、俺の目の前に転がっている。
 もし、その質問の答えが、俺の思惑通りだったとしたら?……
 俺がいつか、彼女の家の扉を開くその時、『ニャン』と鳴く『斑猫(ハンビョウ)』がゴロゴロと喉をならして足元にじゃれ付いて来るんだろうか……
 まるで猫みたいに?
 アハハ…それもまた、見ものだな
 と苦笑いしながら、俺は、彼女に最後の質問を投げかけたのだった。


「なぁ、茜。 おまえ、斑点のある綺麗な瞳の猫、飼ってる?」


―完―


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