花に嵐-2
ぽつりと広い美術室に取り残された咲弥は、ぼーっとしたまま、横にあった椅子にふらふらと座り、目の前に立てられているキャンバスを見つめた。
窓の外に広がるパノラマに、せんせの絵は見事に溶け込んでいた。
街灯にぼんやり照らされ、幻想的な花が、はらはらと舞い散っていた。
１枚、１枚、桜が散る度に、二人が何を話しているのか、気になる気持ちは膨れ上がった。
振り向けば、開けたままになった準備室のドア。
いけないことだとはわかっている。
しかし、恋慕う男性と自分以外の女性が二人きりでいるという事実が、気にならないはずがない。
音を起てぬよう、ゆっくりと扉まで近付いていった。ぼそぼそと二人の声が聞こえるが、会話の内容までは聞こえない。
ざわざわと木々が騒ぎだした。
ふっと二人の会話が消えた。
不思議に思い、そっと扉から中を覗くと――――
ブワッ
開け放された窓から、強い風が桜の花びらを連れて教室に吹き込み、白いカーテンを巻き上げた。
ひらひら舞い踊る桜と、ふわりふわりと揺れるカーテンの合間から、チラリと見えた二人の姿。
「あ……」
咲弥はすぐさまその場から走り出した。
見たくなかった見たくなかった！ 見なければよかった！
たしかに伊勢谷先輩とせんせは抱きしめ合っていた。そして、そのことが何を意味するかということも、すぐに理解した。
先程来た廊下を、来た時とは全く違う気持ちで走り抜けた。
外では、強風が、花を散らし、雲を運んで月を隠した。
外まで来て、ようやく立ち止まり、弾む息を整えるためにふぅーと深呼吸をした。そして、振り返り、つい数分前まで居た教室の窓を見た。窓から暗闇に射す教室の明かりが、悲しくて苦しい。
「さようなら、せんせ」
小さく呟いて、咲弥は涙を指で拭い、教室にくるりと背を向けた。もう決して振り返らないと心に誓い。
淡い恋に別れを告げ、咲弥はひとり、歩き始めた。
少しづつ遠ざかる姿を、キャンバスに向かいながら、彼が見ていたのに気付かないまま。
黒髪の乙女が訪れなくなった部屋の片隅。
まるで誰かに見られることを望みながら、それを拒否するかのように、ひっそりと飾られたキャンバス。
そのキャンバスの中―――桜と桜の間、じーっと見なければ分からない程。そこに『ソレ』は描かれてあった。
街灯の光を受け、歩く乙女の姿が。