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ひきこもりの歌
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ひきこもりの歌-3

「僕が酒を飲ませてるって、そういう意味か」
 恋人なのに恋愛をしようとしない僕への抗議だったのだ。
「僕にどうして欲しいんだよ」
「好きにすればいいじゃん。別れるんならバイバイだしぃ」
 なるほど。別れ話か。香苗は僕にはできすぎた恋人だしな。そもそも引きこもりにカノジョがいるってどうよ。
「ああ。じゃあバイバイ。忘れモンすんなよ」
 言った側から平手打ちを3発も置いていきやがった。

 一人身になった感慨は特になかった。
 そもそも無職でニートで引きこもりの僕だ。寝て起きてボーッとして寝る毎日。話し相手が欲しかったら、チャットや掲示板を通せばけっこういる。社会人が思うほど引きこもりは孤独じゃない。
『あんたバカねぇ』
 今日は気分を変えようと普段使わないチャット部屋を覗いてみたら、しばらくして焦げついた。
『自分はオナニーするくせに、相手はオナニーしないと思ってるわけ? オメデタイわね』
 たぶん年上だと思うが、年下かもしれない。そんなハンドルネームしか知らない女性かもわからない人に先日の別れ話を話してみた直後のことである。
 ネットの見ず知らずの相手だからこそ打ち明けられ
ると思ったのだが、見事にぶった斬られた。
「17歳の女子ってオナニーするんですか」
『おバカ。オナニーは気持ちや衝動の問題よ。年齢は関係ないわ』
「気持ちや衝動ですか。どういう意味でしょう」
『意味なんて……好きということ、そのまんまよ』
「17歳女子ってそんなにセックスが好きなんでしょうか?」
『知らないわよ、バカね』
「彼女は今は僕を好きじゃないんですよ」
『あなたがそういうなら、そうなんでしょうね』
 そんな言葉を交わしてチャットは終わった。

 香苗が来なくなって一週間が経った。僕の生活は相変わらず怠惰で、少し部屋が汚くなった。掃除する人がいなくなったせいだ。
 だけど、それはそれで気にならない。部屋が汚くなって困るほど几帳面じゃないし、なにより自分で掃除しないのが悪いのだ。
 僕は香苗に甘えていた。8歳年下の少女に甘えていた。孤独で裕福な独房生活を暖かくしてもらった。感謝の言葉は数限りないが、彼女はもういない。
 そのことにいまいち寂しさを感じなかった。そもそも僕は引きこもりで、外界に触れたくなかった。大勢の人の中にいると孤独を感じるけど、一人で部屋の中にいると孤独を感じない。そんな引きこもりだ。
 そんな、そんな引きこもりだ。
 恋人に、恋人が望むように接してあげられない臆病者だ。
 しかし僕は、いつしか泣いていた。自分を正当化しようとする言葉を紡いだ数だけ涙をこぼした。
 全部、嘘ではない。
 部屋に一人でいるのが大好きだ。
 恋人がいなくてもかまわない。
 部屋は汚くていい。
 全部が全部、どーでもよく思える。
 だけど、確かに言える事がある。
 僕は香苗が好きだ。
 親も兄弟も、その他大勢の人間は好きじゃない。
 だけど香苗という一人の人間が好きだった。
 容姿も性格も、優しい時も怒った時も、僕は全部ひっくるめて好きだ。
 だから思った。
 やり直したい、と。

 僕には珍しく自発的に依りを戻すため、メールを送った。
「今どこ」
 返事は早かった。
『駅前で男子と歩いてる。彼と付き合うようになったらもう行けない』
「かまわん。俺が行く」
 メールを打つなり、数年ぶりに靴を履いて家を飛び出した。
 本当に久しぶりだ。ブランクのせいで、まともに走ることもできない。
 ブランクのせいで……ブランクのせいで……
 たしかにできないことは多いが、できることをして駅前にむかった。
 そして香苗を見つけた。見間違えはない。改札を抜けて駅のホームに入っていった。


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