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ひきこもりの歌
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ひきこもりの歌-2

 2人では間が持たなかったらしく、もっぱら僕が話題の集中放火を受ける羽目になった。
『オーヤマさん、まだカノジョと付き合ってるんですか?』
「あ。はい、付き合ってますよ。今日もウチに来たけど、暑い暑いってワガママにも胸元を無防備にさらしおってからに」
『押し倒したくなるシチュエーションですね』
「けど、相手は17歳ですよ。押し倒すって訳には」
『たしかに倫理上は駄目ですよね。でも話を聞いていると、相手は押し倒されたがってるんじゃありませんか?』
「押し倒されたい!?」
『合図を送っているように聞こえます。話を聞いただけの感想ですけど』
「ううむ。倫理の通りに生きられる人なんかいませんから押し倒されたい気分ってわからないでもないんですけど、まだ分別も無しに先走っているなら大人の側でブレーキをかけてあげなきゃと思うんです」
『大人ですね。ちゃんとした性欲があるか怪しいほど』
『臆病なんですよね、基本的に。でも同時に相手の気持ちを全部スルーできるほど外道』
 チャット仲間の好き勝手な集中爆撃を受けて、缶ビールを一気にあおる。
 いちいちもっともなのだ。性欲は低い。性的な恋人は右手で充分だし、そのせいで香苗に手を出す必要を感じない外道でもある。
 でも、わかってる。香苗に手を出せない本当の理由は簡単で、僕が臆病だからだ。

 日曜日も、いそいそと香苗はやってきた。正午の頃で、僕はまだ昨晩の酔いから覚めていない。頭をガンガンさせながらも、なんとかベッドから上半身を起こした。
「寝てていいよ。今日は掃除しに来ただけだから」
「そんなわけには……つーか本当に掃除だけしにきたわけじゃないんだろ」
「掃除だけしにきたんだよ」
 香苗はキッパリ。カレシとしてかなり傷ついた。僕よりも部屋が大事かっ!
「じゃあ、ホントに二度寝しちゃうぞ」
 全身を布団の中でモゾモゾさせて就寝の準備を整える。しかし、それはやっぱり失敗だったのだ。

 夕暮れ時になり僕は部屋中に充満した美味しそうな料理の臭気で目を覚ました。香苗は何を作らせてもかなり出来がよい。
「お、今日も美味しそうだなぁ」
「でしょう」
 僕がご機嫌取りのテンプレートを言うと、香苗が真っ赤な顔で上機嫌にビール缶をペコペコ握りつぶして振り返った。
 あれほど飲むなと言っているのに、昼間にグースカ惰眠をむさぼる引きこもりの言い分など、今時の女子高生は耳を傾けてくれないようだ。
「おい。なんでビールなんか飲んでるんだよ」
 僕が聞くと、意外にもはっきりした返事が戻ってきた。
「大地が飲ませてるんじゃんかぁ」
「僕が……飲ませて……?」
 いつのまにか寝ぼけて酒を飲ませたとか? でも、そんな見事な無遊病は僕にできないスキルだ。
 じゃあ、どういう意味だ。
「あたしねぇ、これでも学校じゃモテる方なんだよぉ。何度かコクられてるしぃ」
 初耳だった。僕は引きこもりだから外の世界なんかに興味はない。香苗も空気を読んで話さなかった。話に上るのはせいぜい、文化祭があったとか明日から夏休みとか、それくらいだ。
 それが今、恋愛の話を始めている。
 何組の誰それに口説かれたことがあるとか、真剣に迫られたとか、身ぶり手ぶりを添えて、あれこれ喋る。
 僕と出会ってから後、香苗は僕が想像できないほど膨大な時間を生きてきたのだった。僕が臆病風を吹かせて部屋に篭っている間、世間の荒風を正面から受けてきたのだ。
 それでも今日まで僕と付き合ってきた。
 何もしない臆病な僕と。


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