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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-12

「早く、試合したいよぅ」
 ばすばすばすばす、とボールがグラブを叩く回転数が更に早まる。試合に想いを馳せることで、桜子は益々興奮してしまっているようだ。
「日曜日かぁ」
 不意に、今日出逢った草薙大和の顔が浮かんだ。勢いのままに、日曜の試合に誘った彼のことを…。
(………)
 透き通った瞳に、あどけない表情。とても同じ高校三年生とは思えないほど愛くるしいその童顔と、彼の右肘に刻まれていた傷跡…。
(彼、なんだか寂しそうだったから。放って置けなかったんだけど)
 そして、陰影を帯びたその雰囲気。野球をしていて、しかも、投手だったというから、その右肘の傷跡を思えば、想像できないほど苦しい思いをしてきたのかもしれない。
(“迷惑”って思ってないかな)
 今になって、強引としか言えない誘い方をしたことが不安になってきた。
「………」
 右手に持った軟式ボールと、左手にはめたグラブを交互に見やる。まるで生まれたときからその場所に収まっていたかのようなフィット感がたまらない。待ち望んでいた玩具を、ようやく与えられた子どものようにはしゃぎたくなる。
「草薙君も…」
 おそらく自分よりも長い間、野球をしてきたのだから、この気持ちは自分以上に感じ取ることが出来るはずだ。野球にまつわる喜怒哀楽を、色んな形で受け止めて消化してきたのならば、それが彼の一部となって心の支えになっているのではないかと桜子は思う。
 大和とは出逢ったばかりだ。それに、自分が野球を好きだからといって、昔から続けている彼にとってのそれが“同義”であるという根拠はなにもない。
 言ってみれば、強引な誘い方に対する言い訳に、ちょっとした理屈を込めた桜子の思考であるわけだ。その中には、“そうであってほしい”という願望も多分に含まれている。
「う〜ん……」
 何となくモヤモヤしたものが、桜子の中でせめぎあっている。こういう経験は、初めてだ。彼女が通う城西女子大附属高等学校はその名の通りの女子高だから、同年の男子と色々話をするというのも、実は珍しいことであるのだが…。
「ま、いっか」
 考えに倦むと、桜子はそれをやめた。投げやりになったわけではない。出口の見えない自己の中での禅問答は、無意味なことだと見切りをつけたのだ。
 その少年のことが放って置けなかったから、野球を通して元気になって欲しかった。他意もなければ、見返りも望んではいない。自分の行動が、相手に迷惑だったというのなら、それはそのとき反省すればいい。
 その切り替えの早さも、桜子の魅力のひとつである。
「寝ようっと」
 興奮は鎮まり、少し考え事をしたから眠気も出てきた。グラブとボールを、大事なものを入れておく棚の中にしまうと、電気を消して、桜子はベッドに横たわる。
(………)
 睡魔が徐々に、その精神に霞みを作り始めた。抗う理由は何もないから、それに誘われるまま、夢の中へと意識を沈ませようとする。

『あっ、んっ……あぁっ!』

「!!」
 その瞬間に、耳聡くも彼女は“あの声”を聞きつけてしまった。

『あ、ああ……龍介さん……あ、あぅん……』

 蓬莱亭の二階が、蓬莱一家の居住スペースである。従って、部屋数はあまり多くない。ゆえに、桜子の部屋と姉夫婦の部屋は、これがしっかり隣り合っている。
 そして、先代から受け継いで久しいその店舗兼住宅は、居住区部分の壁があまり厚くない。結果、それらが導き出す答えは…。


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