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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 @***-3

 「親父に何か用だったんですか?」
 いったん水道の蛇口を閉め、僕は濡れた手をぶらぶらさせながら言った。
 「いや、偶然通りかかったんだけどコーヒーが飲みたくなってね。でも、そうかいなかったんだ」
 「そうなんすよ。俺のこと置いて、二人で海外旅行っすよ。・・・まったく」
 言いながら、再び自分の怒りに触れて、次第に腹が立ってきた。と、細井さんが苦笑した。
 「まぁ、たまには夫婦水入らずもいいだろ?その分君だって夜遅くまで遊べるだろうし」
 「ま、それはそうなんすけど、ね」
 つられて僕まで笑ってしまう。
 コーヒーが飲めないと知って、てっきり帰ってしまうのかと思ったら違った。彼は何かを待つように、しっかりスツールに腰を下ろしたままだ。
 「何か食べます?」
 と、メニュー表を目の前に差し出す。多分、他に何か食べる気なのだろう。細井さんはそれに目を落とし、少しすると、目だけで僕を見上げた。
 「決まりました?」
 「うん」
 と、彼は言った。
 「コーヒーもらおうか。君の煎れたやつ」
 思わず吹き出した。突然、何を言いだすんだ、この人は。
 「だ、だめですよ!そんな」
 けれど細井さんは真剣な顔で、
 「いいから」
 と、キャビネットに並んでいるコーヒーカップを指差した。まったく・・・と、長いため息が漏れた。
 「あのですね」
 「ん?」
 「俺が親父の息子だからって、同じコーヒーが入れられるわけじゃないんすよ。もし、そう思って注文したんでしたら、マジな話、やめたほうがいいっすよ。俺が煎れたのなんか、どこにでも売ってるなんてことはない普通のコーヒーで・・・」
 「大丈夫だよ」
 と、彼がさえぎった。
 「確かに知らない人なんかに、突然君のコーヒーを出したら久世君のと味が違うなんてことにもなるかもしれないけど。僕は二人のことを昔らに知っているからね。そんな心配は一切ない。僕に君がコーヒーを煎れる事に事態には、何のリスクもないよ。だか
ら、煎れてみなよ。どうせ久世君が帰ってくるまでの時間だろ?いい修行になると思うよ、きっと」
 「・・・細井さん」
 「コーヒー、思いっきり濃いやつね」
 「は、はい!」
 細井さんの言葉が、どすんと胸に響いた。そのとおりだと思った。せっかく親しい人が来てくれているのだから、ここで色々なことを試さない手はないのだ。この経験は、例え一回でも確実に僕の実になるはずだ。それに、親父だって初めから美味かったわけじゃなく、きっとこうやって少しずつうまくなっていったに違いないのだ。
 細井さんは、頬杖をつきながら、
 「がんばれ、絆君」
 と、言ってくれた。
 ちなみに、絆というのは僕の名前だ。フルネームで久世絆という。由来は読んで字のごとく、全ての人たちとの絆を大切にするいい子に育ちますように。だ、そうだ。
それがうまく叶ったかどうか、そこのところは僕自身よく分からない。ただ、そういえば、この名前をいたく気に入ってくれたやつが一人いたのを、ふと思い出した。今朝の夢に出てきた、洟鶏雫−ハナトリシズク−。彼女だ。
 いつだったか、彼女がこんなことを言ったことがあった。
 『絆。いい名前だよね。絶対に、どんな別れの運命も壊してしまいそう。私と絆の間にもそんな絶対的なものが存在してるのかな』
 「ああ、絆君」
 細井さんの声に、僕は一瞬を境に我に返った。
 「僕、砂糖要らないから」
 「そうなんすか?俺はてっきり甘党かと」
 「昔はそうだったんだけど、最近は苦手になっちゃってね」
僕は、出来上がったコーヒーをカウンターの上へ置き、どうぞと言った。
 細井さんは頷くと、コーヒーから立ちのぼる湯気に鼻先を近づけ、それをすぅっと吸い込んだ。僕の喉元がごくりと鳴る。果たして彼は、なんて言うのだろう。


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