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■LOVE PHANTOM ■
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■LOVE PHANTOM■最終章■-3

「あの、あの北村ですけど!」
あまりの騒ぎのため、靜里は声を大にして叫んだ。始めに二人の存在に気がついたのは浅田(旧姓)だった。髪の毛を短く切り、片方の耳には小さくマリアが彫られたコインのピアスをしている。その姿は子供がいるとは思えないほど若々しく靜里の目には映った。 浅田は結婚してからすぐに大学を辞め、家庭に入った。靜里としては少々残念ではあったが、しかたがないことである。彼女が結婚宣言をした時、浅田ファンの男子生徒が起こしたブーイングの嵐も記憶に新しい。あの時はいつまで立っても騒ぎがおさまらず、結局講義はやらなかったことを靜里は覚えていた。
「いらっしゃい。ごめんなさいね騒がしくて、あいつったはしゃいじゃって」
そう言って、くすりと笑うと浅田は奥で騒いでいるマスターへと視線を向けた。
そんな呆れた視線にも気づかず、マスターは奥のテーブルの上に乗って何やら話をしている様子なのだが、声だけが大きく何を話しているのかはよく聞き取れない。
幸子は耳をふさぎながら、靜里の横へ立った。
「うっひゃーまるでディスコだ、あーあマスターもあんなに騒いじゃて」
「でも嬉しそう。あんなマスター見たことないよ」
笑いを堪えて靜里が言った。
浅田は横目で彼女を見ると、
「違うわよ。あれが本来のあの人、今まで猫をかぶっていたのよ」
呆れ顔でため息をついた。
「あれ?あの人誰ですか、いい男」
幸子が指さしたのは、腰まである長髪の男だった。男はこの騒ぎの中、静かにたばこを吹かしては冷ややかな瞳でマスターを見ている。とても仲のいい友達だとは思えない。 「ああ、あれ?あれは私の従兄弟よ。ほら、講義の時よく話してたじゃない」
「へぇあれが、ちょっと行ってこよう」
そう言って幸子はニヤリと笑みを浮かべると、そそくさと騒ぎの渦へと入って行った。するとそれに気がついたマスターは、テーブルの上から飛び降り、幸子へ声を掛けて来た。 「やぁやぁやぁやぁ幸子ちゃん。今日はどうもありがとう、来てくれたんだね。あれ?靜里ちゃんはどこだい、一緒じゃなかったの」
既にできあがっている、と幸子は思わず鼻をつまんだ。
「靜里だったらほら、あそこにいますよ」
そう言いながら幸子は伏し目がちに靜里の方を指さし、少し笑った。するとすっかりご機嫌のマスターは、顔を真っ赤に赤らめながらも靜里へ大きく手を振り、大声で彼女を呼んだ。その声の大きさに、幸子はおもわず耳をふさぎ、靜里の方を振り返り苦笑している。 靜里はくすぐったいのを我慢しているような顔で言った。
「あの、赤ちゃんは男の子だったんですか?」
「ええそうよ。母親似のね」
「へぇ」
「名前はね、絆っていうの。かわいいでしょ」
照れ臭そうに、浅田が俯いて笑っているのを見ながら靜里は話を続けた。
「素敵な名前ですね」
「でしょう。人と人の絆を大切にする子に育って欲しいわ。」
「ふぅん。いいなぁ」
本気でうらやましい、と靜里は感じた。それは子供がうらやましいのではなく、愛しく思える人間がすぐ隣にいることがうらやましくて仕様が無かった。
「・・・」
 そう思ったとき靜里は妙な孤独感に襲われ、きつく唇を噛んだ。それは嫉妬にも近い、自分でも収集がつかないほどの巨大なものだ。
「どうかしたの?」
心配そうに、浅田が俯いた彼女の顔をのぞき込もうとすると、靜里は首を横に振った。
「なんでもないです。ちょっと辛いこと思い出しちゃったから」
ここで泣いてしまったら、せっかくのパーティーの雰囲気を壊してしまう、と今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を浮かべながら、靜里は必死に笑顔を作ろうと試みた。
しかし、そう思えば思うほど顔は歪み、泣き顔に変わっていくのが自分でもよく分かる。 靜里は流れ出る涙を両手でごしごしと拭いながら、「なんでもないです」
を唱えるようにして呟き続けた。が、いつしかそれは泣き声に変わり、彼女はとうとうその場へぺたりと座り込んでしまった。
驚いた浅田は彼女の横にしゃがみこみ、言った。
「大丈夫?どこか痛いの?ねぇ」
「ごめんなさい。泣くつもりなんかないのに、ごめんなさい」
かすれた声が靜里が言う。
「誰か!誰か来て、北村さんが!」
震えている靜里の肩を抱き抱えながら、浅田は大声を上げた。その悲鳴にも似た呼び声にいち早く反応したのはやはり一番シラフな状態の幸子である。彼女は声のしたほうを振り向き、「あっ」と声を上げると人の間を縫って、靜里へ走り寄った。


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