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『定例会』
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『定例会』-4

 次の次の日。金曜日。私はまた佐藤君に会って、その時に一枚のCD-Rを渡された。
 「一番最近に書いたやつなんだ。」
 と佐藤君は言った。
 帰ってから自分のパソコンでそれをざっと確認したけど、なるほど、立派に長編小説と名乗れるくらいの長さの小説のデータが入っていた。
 私はそれを全部プリントアウトして、穴あけパンチと紐を使ってまとめた。結構な手間だということはそれをする前から分かってはいたけど、私は何故かそうしたかった。そしてそこまですると私は満足して、机の引き出しの中にそれを仕舞った。読むのはまた今度にしよう、と思った。


 土曜の四時半きっかりに、私の兄弟たちはやってきた。四時か五時にくらいに行く、と言って、四時半にくるところがいかにも由香ちゃんらしい、と私は思う。
 何も言わずにあがってくる由香ちゃんと、きちんと
「おじゃまします。」
と言って上がってくる兄ちゃん。二人とも、らしい。と思う。
 懐かしい感じが広がる。私の中に、それと、私の外の空間に。
 由香ちゃんの両手には、スーパーの袋が下がっていて、中には白菜やらネギやらが入っている。私のところで定例会が開かれる時は、それが暑い季節ではない限り、ほとんど必ず鍋をすることになっているのだ。というのも、私の部屋には一人暮らしをする上での必要最低限以上の調理器具も食器もなく、そのくせ、何故か土鍋だけは大きくて立派なものがあるからだ。今回はどうやらキムチ鍋らしい。
 鍋を三人で囲み、今回の定例会が始まった。
 と言ってもまあ、ただ単に兄弟三人でおしゃべりをするだけのことだ。
 互いの近況、鍋の味の評価、日本経済の話、テレビの話。そんな、なんやかや。
 つけっぱなしのテレビがBGMになる。ちょうど歌番組がやっていたので、まさにBGMだな、と思う。私は大体において聞き役になることが多くて、兄ちゃんと由香ちゃんがよく話す。会話のイニシアチブを握るのは大体兄ちゃんで、それについていく由香ちゃん。相槌をうったり、たまに口を出したりする私。
 「そういえば、このあいだ母さんに会ってきたよ。」
 と兄ちゃんが言う。
 「へえ、元気だった?」
 と由香ちゃんが返す。
 「そりゃあね。まあ、あの人はいつでも元気さ。」
 「超人的なしっかりものだものね。」
 超人的か、と私は思う。由香ちゃんのこういう比喩はちょっとコミカルで、でもなんとなく的を射ていて面白い。たしかに、うちの母は、超人的なしっかりものなのだ。
 しっかりしすぎているくらいだ。一番嫌いなことが「いいかげんなこと」。あらゆることを自分で決めて、自分的行動規範から自分が逸脱することを許さない。自分にも他人にも厳しい人だ。それが、融通のきかなさと認識されることも少なくない。たぶん、父と離婚してしまったのも。それが原因の一つだったんだろう。両親が離婚したのは、私がまだ小学生のころだった。驚くことに、母は私たち三人全員の親権を獲得し、しかも養育費などを一切もらうこと無く、立派に私たちを育て上げた。私にいたっては、今現在、大学の学費を負担してもらっている。超人的だ。
 「小島さんとも、仲良くやってるみたいだった。」
 「そう。でもあの人もよく考えたら凄い人よね、あのお母さんとずっと一緒に居られるんだから。」
 小島さん、というのは、母の今の恋人だ。おっとりとした温厚そうな人で、多分誰からも嫌われない、でも誰からも特に好かれはしない、まあよくある形での「いい人」だ。だから、母がどうしてそんな人と付き合っているのか疑問だったけれど、たしかに、由香ちゃんが言うようにどこかしら非凡なところがあるのかもしれない。なんといっても、超人的しっかりものの母に選ばれた人なわけだし。


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