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『運命〜君の居る場所〜』
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『運命〜君の居る場所〜』-1

自分の中のどこかが少しずつ軋みながら壊れていくのを感じていた。
とにかく辛かった。
もう駄目だ、病気になってしまう。
そう思って会社を辞めた時には、もう病気になっていたのかもしれない。
原因は簡単。
セクハラ。
一言で言ってしまえる言葉。
けれどもそれは『セクハラ』と認められなかった。
というよりも、私はそれを『セクハラ』であると、訴えることさえできなかった。
毎日毎日繰り返される部長の執拗なそれ。
私の席の後ろを通る時には必ず私の肩に両手を置いていくとか、下着の色を聞くとか、卑猥なあだ名(思い出したくもない)で呼ぶとか、必ず飲み会の時には隣の席に座らせて膝枕を強要してくるだとか……そんな下らない行動。
一度だけ相談した先輩は「そんなこと、社会じゃセクハラのうちに入らないよ。」と言った。
同期の女の子は「椎名さんは部長のお気に入りだから」と的外れなやっかみをしてきた。
同期の男の子は「色気で仕事とってんじゃん?」とライバル視。
耐えられなかった。
仕舞には部長の足音が聞こえてくるだけで体が強張り、震えだし、気持ち悪くなった。
私が弱すぎるのだろう。
2週間前に辞表を書き、引継ぎもそこそこに辞めた。
誰も引き止めなかった。
所詮私なんて、代わりがいくらでもいるのだ。
そんなことは知っていた。
何も無い自分――。
消えても構わない。
桂介には、仕事を辞めてから連絡した。
「はぁっ?なんで辞める前に一言相談してくれなかったの?」
桂介は怒ったが、相談したからと言って、違う会社の、しかも仙台なんて遠いところにいる桂介に何ができたというのだろう。
「今すぐ会いたい。」
必死のSOS。
しかし
「無理。決算だもん。」
経理マンの彼は呆気なくそう言った。
「愛が冷めたのね。」
ドラマでしか聞かないような言葉を棒読みで吐いてみる。
「そんなわけないだろ。」
桂介はそう言ったが、結局会いには行けない、という冷たい言葉しかくれなかった。
彼氏に頼るのを諦め、携帯の電話帳を上からなぞる。
女友達――彼女達はとにかく努力家で向上心が強い。自分がしっかり仕事している時にはいいライバルであったが、仕事を辞めてしまった今はプレッシャーにしかならなかった。
男友達――彼氏がいるのに「すごく辛い」と相談するのは、なんだかできない。
親――心配させるのも、叱られるのも、今は無理だ。
「一番愛されている筈の彼氏にさえ見捨てられているような女の相手をしてくれる人なんかいないよね。」
携帯をポイと放り投げた。ベッドに寝転がる。
他人に拒否されているのか、自分が拒否しているのか、それさえも分からない。
20代ももう後半。
やり直しできるだろうか?
「恋も仕事も……」
雑誌の煽り文句みたいな言葉だけが頭をぐるぐると回る。
無意味につけていたテレビが、ベートーベンの『運命』を鳴らし、その思考に介入した。
『運命』の冒頭は、運命がドアを叩いている音だ、なんて誰かが言っていたっけ。
『運命』なんて一寸先は闇だ。どうなるかなんて分からない。
大学を卒業して誰もが羨む一流企業の総合職に入った時は、こんな風に自分が仕事を辞めるなんてこと、想像もしなかった。
その頃は桂介とも付き合い始めたばかりで、こんな風に冷たくあしらわれるなんてことも想像できなかった。


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