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君の名前
【純愛 恋愛小説】

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*** 君に会いに行く ***-4

 十四時間の空の旅を終え、いったんミラノ空港へ。
 そこから乗り換えて、一時間もすれば次はローマだ。
 離陸時間まで、あと四十五分ある。ものすごく半端だな、と思いながら、僕はとりあえずミラノ空港の中をぶらぶら見てまわることにした。
 時間も遅いせいか、人数は少ない。
 一番手前の店でオレンジジュースを買って、ロビーに連なって並んでいる長椅子へ腰掛けた。半日以上も、エコノミークラスのあの狭い空間に座りっぱなしだったのだ。膝や肩の間接は、オイルの切れた機械のようにきしんでいる。
 肩にかけてあったボストンバックを足元において、息をついた。文字通り、一息入れるという感じだ。
 ちゃんと、キョウコに会えるといいな、と思う。彼女だって向こうに一生いるつもりはないはずだ。会えたら奇跡。すれ違ったり会えなかったりは当然のこと。
 僕はボストンバックから、荷物の一番上に入れてあるキョウコの残していった日記帳を取り出した。こんなに小さいのに、ずしりと重い。
 そっと指を差し入れて、開いてみる。既にページには癖がついていた。

『ねぇ、テツ。私は大恋愛をしたよ。歳は離れていて障害もたくさんあったけれど、幸せだった。二人で外を歩いているときに、よくケーキのお店なんかに寄ったじゃない。
注文していると、店員のおばさんなんかが「お姉さん?」なんて聞いてくるたびに、テツは笑いながら「彼女です」って答えていたでしょう。嬉しかったなぁ。すごく嬉しかった。今だから白状しちゃうけど、本当はケーキなんて食べたくない日もあったし、他のお店にもよりたくない日もあったの。疲れていたり眠かったり、ちょっと機嫌が悪かったり。
テツはお店に寄るってことが好きだものね。でも勘弁して、という時がたまに・・・。ごめんね。それでも笑って立ち寄ったのは、密かに期待していたから。誰かが私たちに興味を持って、二人の関係を聞いてこないかな。そんな風に思ったりしたから。だって、そのたびにテツは私を彼女だといってくれたでしょう。それが聞きたくて。言ってくれなかったらどうしようってびくびくしながら、もっと向こう側では期待していた。そう言えば、二人でベッドの上で寝転びながらテレビを見ていたときに、よく他の子とデートしてもいいよ、コンパとか行かないのってふっかけたりしていたでしょう。あれも実は期待していました。
私がそんなことを言うたびに、テツは「バカ」「なんで?」って怒ったような声で返事を返していたでしょう。試していたのよ。そうやって、テツが難しい顔をするたびに、実は内心ホッと息をついていた。分かる?分からない?ストレートに「私のこと好き?」ってきくよりもずっと愛されているように感じたの。事実、私は最高に愛されていた。
でも、人はとても貪欲なもので、一つを得たらもう一つ欲しくなる。私もそう。幸せがいっぱいになったら、今度は怖くなった。私は本当に弱虫なの。気が小さくて、泣き虫で・・・。
本当よ。ほら、テツが高校生の頃、夏休みの終わりにさ私のアパートへきたじゃない?ドアの前に立つテツを見て笑っちゃった。だって、なに?その宿題の量。今まで何をしていたのって思ったわ。ごめん。私と遊んでいたね。失礼しました。
それでさ、二人で悲鳴あげながら宿題やったでしょう。筆跡でばれるとは思ったけど。私も相当がんばったわよね。私はああやって溜め込んだことないわよ。だから、後半に悩んだことなんてなかった。でもね、本当はね、一度でいいから溜め込んでみたかった。
テツのように、私の同級生のように遊ぶだけ遊んでさ、後半に困りたかった。でも出来なかった。怖かったのよ。そんな余裕、ちっともなかったのよ。昔から、私はなんにでもそう感じの子だったの。恋愛にしてもそう。小さく固まって、サイコロみたいになってしまう。
ごめんね。全ては、私のエゴ。ごめんね。
最後に。
私はテツの口にする「好き」という言葉がとても好きでした。なんて安易な言葉だろう。
なんて聞きなれていて、ありふれた言葉だろう。この大きな世界、小さな地球で、多分、一番口にされる言葉。「好き」。きっと手垢だらけだよ。なのにさ、不思議なのよ。
テツが口にすると、全然違うものに聞こえる。まるで、人類最初に発掘されたときみたいに輝いていて、新しくて、暖かくて、初めて耳にする言葉のようで、それなのに羊水のように馴染んでいて、心地いい。テツの「好き」はそんな感じ。私は心からそんなテツが好きでした。』

空港内に、アナウンスが流れた。どうやら飛行機にはもう乗り込めるらしい。
僕は日記帳をとじて再びボストンバックへしまいいれると、すっくと立ち上がった。
既に集まりつつある人の中を、少しでも先に進んで、チケットを係員に見せる。なけなしで買ったやつだ。ちなみに、パスポートは幸い持っていた。
持ち物検査が終わって、長い廊下を歩きだす。水色の絨毯。僕を飛行機へ運んでくれる道。
そして飛行機は僕をイタリアへ、願わくば、イタリアは僕をキョウコのもとへ導いてくれる場所でありますように。心の中で願いながら、廊下の脇に並ぶ大きな窓へ目をやった。
外では、霧のような雨が闇を濡らしていた。


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