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■LOVE PHANTOM ■
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■LOVE PHANTOM■四章■-1

テーブルのうえに無造作におかれている電話が鳴った。
靜里の部屋である。部屋の様子は、朝と何も変わってはいない。薄暗い空間に、彼女の姿はまだなく、電話のコールもしばらくの間鳴り続けたが、結局諦めてぷつりときれた。
時計の針は既に九時を回っている。いつもの彼女なら、もうとっくに帰宅して夕食を食べ終わっているころである。なのに今日に限っては靜里の姿はどこにも見当たらなかった。


「おっかしいなまだ帰って来てないや。」
そう言うと幸子は、ツーツーと鳴っている受話器をおいて、ソファーの上へ仰向けになった。ぎしぎし中にあるバネが背中にあたる。
「まったく、どこ行ってるんだよ。」
幸子は天井を見ながらつぶやいた。
結局、靜里は今日の講義に顔を出さなかった。それどころか、叶の元を走り去った後、幸子が靜里に追いつくこともなかった。いや、追いつけなかったという方が正しい。自分も必死で走ったつもりなのだが、いつの間にか靜里の姿は視界から消え、幸子はただひとりポツンと取り残されていたのだ。
その後は決まっている。
幸子は、独り言をぶつぶつ呟きながら、寂しく大学へ向かった。もしかすると先に、大学へ来ているかもしれないという期待を抱いて。しかし、その期待は教場に入った時点であっさりと裏切られた。辺りを見渡しても、どこにも靜里の姿はなかったのだ。
「今までそんなことなかったのになぁ。」
幸子は、ソファーの下に落ちているテレビのリモコンを手に取り、電源を押した。
瞬間、ばちっという静電気を起こすと、テレビの画面にいつものニュースキャスターの顔が映った。世界情勢がどうしたのこうしたのという話らしい。そんなものには微かな興味ももたない幸子は、嘴のように口を尖らせると目を閉じた。
「靜里。大丈夫なの、あんた。」


日がどっぷりと沈み、今にも壊れてしまいそうな三日月が、その姿を現した。なりはきゃしゃだが、今夜は妙に金色の月光が目立っている。その証拠に、月の周りには弧を描くようにして二本の光輪ができていた。夜が更けるにつれて、増してくる寒さにつつまれながらも、街の至るところには色とりどりのネオンが灯り、道行く人々の心を躍らせていた。小さなライトから、宣伝用の看板を照らす大きなライトまで、その種類はとても数えられるものではない。
しかも、驚くことに、一部の気の早い店では、ショーウインドーの中にクリスマスツリーを飾っている所も見られる。ツリーには雪を思わせる、白くふわふわな綿や、金や銀の鈴、また小さくても必死に光っている電球なども取り付けられていた。
そして、ショーウインドーの前には靜里の姿があった。まるで、たった今起きたような顔付きで、彼女はショーウインドーの中を覗いている。靜里の視線は、まっすぐにツリーに向けられていた。
チカチカと点灯するツリーの電球は、自分の意識をどこかへもって行ってしまうような、そんな感覚さえ作り出してしまう、と靜里は思った。現に今、彼女の意識は本体を離れ数時間前の世界へと飛んでしまっている。
そう、数時間前に叶といた、あのポプラの並木道に・・・・。

風は、吹いては止み、止んでは吹いた。その度に、木々の下に重なるようにして落ちている葉が宙に舞う。
靜里の意識は、この風と一緒に流れた。そして目の前には半泣きの自分と、叶の姿が見え、靜里の意識は二人の間で動きを止めた。現状況から見て、叶に指輪を返した所と考えられる。
「なぜ私がこれを貰わなければならないの?・・」
(違う・・違うよ。)
叶を責める自分自身に、靜里は言った。
(こんなこと言うつもりじゃなかった。本当は、本当は・・嬉しかったの。贈り物が迷惑なわけないじゃない。叶が、私に指輪を手渡してくれたとき、すごく嬉しかったんだよ) しかし、靜里の声が二人に聞こえるはずはない。今の彼女はただの風なのだ。


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