光の風 〈波動篇〉-9
「千羅、私達にはまだ希望があるわ。」
千羅を胸に抱き、彼の悲しみさえも抱きしめながら瑛琳は強い意志を持って千羅に言葉を伝える。気のせいか声は震えていた。
「封印を解く鍵を見つけて、あの馬鹿を叩き起こして説教してやらなきゃ。あんた何戯けた事言ってんの？リュナはどうすんの？ってさ。」
「瑛琳…。」
「許さない。あの子が死ぬなんて許さない。鍵を見つけて必ず助けてみせるわ。文句ならその後！」
悔しい気持ちは瑛琳も一緒だった。返してほしい。彼の体も心も幸せも。奪い返す。
カルサを解放する為の鍵を見つけるのは自分達しかいない。彼らはそれを分かっていた。
もう嘆くのは終わりにしよう。
「…一発ブン殴ってやらねぇとな。あの頑固頭に。」
「…そうよ。」
涙を拭い、二人はお互いの体温を感じながら目下に広がる平和な町を眺めた。羨んでるばかりでは始まらない。
これは自由を勝ち取るための戦いなのだ。
「平和だ…。」
「ええ。」
「ここには何もない。行こう、瑛琳…ここに鍵はない。」
「ここか…夢に出た場所。」
誰もいない決して小さくない鍾乳洞に一人の青年の声が響く。肩には小さな耳も尾も長い動物が乗せている青年は、まだ幼さが残る声でだいたいの年令を推定させた。靴音が響く。雫が水溜まりに落ちる音も響く。
彼は肩に掛けていたカバンを降ろし、湖の前でしゃがんで覗き込んだ。どこまでも見える透明な水。ここは聖域と呼ばれる場所だった。
この薄暗い鍾乳洞で唯一光が差し込むのがこの湖だった。
「本当にここだろうな？」
湖に手をいれてみる。すると痺れみたいなものを感じ青年はすぐに手を水からだした。
何かある。それはすぐに分かった。たちまちに風が吹き荒れ青年は突風にあおられ飛ばされてしまった。
「って！なんだ？いきなり風が…！？」
彼の供である動物は心配そうに彼を見ている。強くぶつけた肩をなでながら体を起こし、笑顔で大丈夫とつぶやいた。顔を上げて最初に見たものは湖を守るように吹き荒れる風。
よく見ると風が形を作っている。顔がある、手がある、それは風の精霊のようだった。
《私の主人に近付く者は容赦はしない。》
「な、なんだぁ？」
おそらく風の精霊であろう者は、その存在自体で青年を威圧してきた。少し高い声、彼女と表現した方が良さそうな感じだ。
小さな動物は風の精霊をじっと見つめていたかと思うと、一瞬にして姿を炎に変えてしまった。