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僕の中の剣道と言う名のすべて
【スポーツ その他小説】

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僕の中の剣道と言う名のすべて-1

 拳一個分の間を開けて立て
 右足は左足より半歩前
 そう、左足の土踏まずの真ん中辺りに右足の踵(かかと)がくる様に
 状態は常に一本の芯が入っていないと駄目だ
 拳分のスペースが自分の中心だ
 よし、背筋は良いな
 ほら、踵を上げろ
 左足は爪先立ち
 右足は半紙一枚分上げる
 べったりと右足を下ろしてはいけない
 いざと言う時前に出れないだろ
 かと言って左足と同じ様に上げるのも駄目だ
 飛び出すタイミングを相手に知られてしまうからな

 ねぇ、お父さん。どうして?なんで僕「剣道」しなくちゃいけないの?

 それはな

 うん

 お前が…………





『お前が、剣士だからだ』
目を覚ました僕は、頭の中でリフレインする親父の言葉をそっと呟いた。
古い引き出しから引っ張り出した親父の言葉に、若かりし頃の真剣な自分を思いだし、薄く笑みが漏れる。
(夢の中まで御登場とは)
苦笑いを浮かべながら布団をたたみ、ハンガーに掛けられた薄手のパーカーに袖を通す。
僕は足音に注意して玄関から表に出る。
まだ夜の空気が抜けきらない、ぼんやりとした空の下。軽くストレッチをした後、僕は自分の重たい足にエンジンをかけて走り出す。
軽くジョギング。
途中の直線でダッシュ。
また軽くジョギング。
僕の体内に新しい空気が否応無く取り込まれ、鼻の粘膜がビリビリと痛い。吐く息は真っ白で、すぐに口の中や喉の奥が干からびていく。


 真っ直ぐ前を見るんだ
 決して顎は上げるな
 苦しくても走って死ぬのは病気持ちだけだ
 健全な奴なら苦しくて死ぬ事は無い
 だから意地でも我慢しろ
 ほら背筋は常に一本の芯が入っていると思え
 どのスポーツだって基本は同じだ
 ほら、腕に集中しろ
 身体全体に意識をまわせば、自ずとスピードは増すもんだ
 他に集中すれば頭も空に出来る
 苦しい事だって忘れられる
 いいか、余計な事は考えるな
 前を見ろ
 てめえの走る道だろ


あんなに嫌いだった親父の声。
常にアスリート魂を押しつける親父は、思春期の僕には鬱陶しいだけだった。
だけど


 いいか、お前にとって一番欠けている物は冷静さだ
 負けず嫌いなのも結構だが、心に水を張らなくてはいけない
 そうだ、水を波立たせてはいけない
 自分の心を冷静に見詰められるかどうかで、試合なんて勝敗が決まっちまうもんだ
 相手と自分を比べろ
 相手の呼吸を感じろ
 てめえの五感で常に感じるんだ
 勝利の音をな



言う事は常に無茶苦茶だった。


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