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na〜アリサ
【片思い 恋愛小説】

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nao〜菜々子-3

「どうしたの?」
起きた時に感じたあの嫌な感じがまた私を揺さぶる。
「明が、あきらがね、」
明という言葉に心臓がどくんと鳴った。
「明?」
自分の出した声が震えていないか心配だった。
「昨日電話の様子が変だったから、今日様子を見に行ったの。そしたら部屋の中で明が倒れてて…すごい熱で。それで、…うなされながらななちゃんの名前呼んでるの。」
頭の中を振動が揺さぶる。言われた言葉の意味を理解するのにまるまる3秒かかった。黙ったままの私に構うことなくありさは続ける。
「明は言わなくていいって言ったんだけど。でもお願い!…帰ってきてあげて?あたしあんな明のこと見てらんないよ。」
「…ごめん、今は無理。」
思考とは関係なく、帰るという言葉に反射的に口が反応する。
「ななちゃんお願い…」
「明も私の状況分かってくれていると思う…」
「…そんなのって勝手過ぎない?分かってても側にいて欲しい時ってあるでしょ!?」
「側にいたくても、いれない時だってあるの。」
「……あたしだったら、」
「え?」
「あたしだったら明のこと放っておいたりしない。あたしがナナちゃんだったら、好きな人を残してカナダなんて行かない!」
「…」
「でもダメなの。ななちゃんじゃなきゃ明はだめなの。お願いだから帰ってきて…。」
「……ごめん、今は帰れないよ。私の代わりに、明のことお願い。」
「ななちゃん?ちょっと待ってよ!あたしじゃだめなの。なな…」
耳から入る悲痛な声をさえぎるように、そっと受話器を戻す。ありさのあんな声を聞いたのは初めてだった。


もう日本とは繋がっていない電話をぼんやりと見つめていると、キムがいつのまにか起きだしてきていた。
「どうしたの?」
優しいキムの声。それに振り向かないで私は答える。
「…なんでもないわ。日本にいる妹から電話だったの。あの子そそっかしいから時差のこと忘れてたんだって。向こうではまだ夜中前だからってね。ごめんなさいキム。起こしちゃったわよね?」
「ナナ」
目の前にタオルを差し出されて、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。
「…ありがとう。」
─あたしだったらカナダに行ったりなんかしない!
─ナナちゃんは勝手だよ!
ありさの放った言葉が、いつまでもあたしの鼓膜を痛いほどに刺激していた。


恋人が倒れているのに自分は何も出来ない。
熱くなったタオルを取り替えることも、おかゆを作ることも、側にいて手を握ることも……。
ただ一人で泣くことしか出来ないのかと思うと絶望感に襲われた。
でも自分の生き方を曲げようとは思わなかった。今帰ったら、これまでやってきたことすべてを否定するような気がするから。明は分かってくれる。私のことを誰よりも考えていてくれている明ならきっと。そう、私は思っていた。


それからきっかり一週間後、明から元気になったからと連絡が入るまで、私は深夜の物音に過敏に反応していた。元気そうな声を聞いて安心したけれど、その声の中に今までとは違う何かが潜んでいるんじゃないかと不安になった。

一緒にいることは出来ないけれど、いつでも側にいることを伝えたくてマフラーを作ることを思いついたのは、それからしばらくたった冬の頃だった。明の肌に合う毛糸を見つけるのが大変だけど楽しくて、キムにあちこち付いて来てもらって少しくすんだ深緑色の毛糸に決めた。これならきっと明の持っているあの黒いジャケットとも、デニムのジャケットとも合うと思ったからだ。明がこっちに来るのは2月の半ば頃だと言っていたから、それまでには編み上げる予定だった。マフラーを目にしたときの明の反応が楽しみで、時間を見つけてはマフラーを編み上げていった。


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