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na〜アリサ
【片思い 恋愛小説】

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nao〜菜々子-2

でも今は秋。
夏は夜の9時を過ぎても明るかったのに、ここ最近は日が落ちるのも早くなってきている。
バンクーバーの秋も綺麗だけれど、私は春の方が好きだな。少し肌寒い街並みを、コートを羽織ながら2人で歩くのが私のお気に入りだった。はやく春になってくれればいいのに…
お気に入りの傘を差しても、お気に入りのコートを羽織ってみても、あたしの気分は晴れない。きっと春になったとしても、そこに彼がいない限り晴れることはないんだろうけれど。

2010年にオリンピックが開催されることに関係して、巨大な建造物の工事が続いている海岸沿いを一人で歩く。ここをまた歩けるようになるなんてあの頃は思ってもいなかった。明と最後に歩いたこの道を──


何かの気配を感じて目が覚めた。暗闇の中で枕元においてある携帯に手を伸ばすと画面を開く。時計は明け方の3時を示していた。
─なんでこんな時間に起きたのだろう。
日本の時間では午後の8時を回ったところだろう。こっちに来て一週間ほどは夜中に目が覚めることはよくあったけれど、半年も経った今ではそんなことはなくなっていたはずだったのに。もう一度眠りに入ろうとしたのだけど、なぜだか胸がざわめいた。
仕方なくベッドから起き上がると、隣の部屋で寝ているキムを起こさないようにそっと部屋を抜け出す。明け方の廊下はひんやりとしていて、履いているスリッパのペタペタという音がやけに大きく聞こえた。キッチンまで行くと冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出す。静寂を守るキッチンにフタを開ける音だけが響いた。
一口飲むと冷たい液体が食道を駆け抜けていくのが分かる。
ふぅ、とため息を一つつくとフタを閉めるために左手を動かす。
───と、けたたましい電話のベルがその静けさを破った。
思わず身体がビクッとして、掴んでいた物を離してしまった。ペットボトルが手の中からスルリと抜け落ちていくのが分かる。ドンッ 鈍い音と共にあたりに水が漏れていく。
その間も電話は待っていてくれなくて、出来たばかりの水溜りを避けながらノイズの源に近づくと、その音を止めるために受話器を持ち上げた。


「hello?」
キムを起こしてしまったのではないかと不安になって、彼女の部屋のドアを見つめるが、それが開く気配は感じられなかった。
「hi?」
真夜中に無言電話だなんていい度胸。一言文句を言ってから切ってやろうと思って口を開きかけた瞬間に、懐かしい声が飛び込んできた。
「…ななちゃん?」
この声は、
「ありさ?…もう、今こっちは何時だと思ってるの?」
相手が身内だと分かってホッとすると、目にかかる前髪が急にうざったく感じられて左手で掻き上げる。
日本にいる妹のありさは可愛いのだけれど少し抜けているところがあって、そんなところも彼女の魅力なのだが、たまにうんざりさせられることもあった。こういうことがないように、自宅に時差を書いた表を残してきたつもりだったのだけれど。今度はありさのところにも送ってやらないと。そんなことを頭の中で考えていたら、
「ごめん……、でも今それどころじゃなくて」
切羽つまったような声が受話器越しにあたしの鼓膜を刺激する。音というのは振動で、その振動が耳の中のある器官を揺らして脳に音として伝達すると、高校の頃に生物の授業で習ったけど、実際に振動を感じたのは初めてだった。


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