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熱帯魚の躾方
【SM 官能小説】

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回想(一)-1

 一体いつからこんな性癖を持つようになったのだろうか?可愛いと思うほどに虐めてみたくなるのだ。かといって、身体を傷つけたり、心を傷つけたり、そういった暴力的な行為はしたいとは思わないのだ。
 屈折した愛情を持つようになったのは、幼少期から孤独に育った影響からなのだろうか?自分でもよくはわからない。

 SMという行為を初めて知ったのは、中学一年生位の頃だろうか?当時はまだインターネットも無く、町外れにエロ本の自動販売機がある時代だった。DVDも無くビデオも弁当箱ほどあるVHSが中心で、中学生の私はエロに渇望した。まだ、自慰行為も覚えたてで、その為のネタ探しが大変だった。親父が貯め込んだ裏ビデオやエロ漫画をこっそり観たりしているうちにSM的な内容の物に強い興奮を覚えた。女性が脅され縛られ、性器や肛門に色んな器具を突っ込まれ、限界まで責められる。そういう内容のものに夢中になった。

 自慰行為の為の素材、所謂「ズリネタ」に果てしなく不自由するのは、下町っ子の特徴でもある。
 ある日、幸運が訪れた。どんな本でも貸してくれるという貸本屋が近くにあるというのだ。古本屋も兼ねていて、気に入った本があれば購入も出来るらしい。友達に聞いて胸が高鳴った。
 周囲の目があるので、日が暮れてから自転車を飛ばして貸本屋へと向かった。息を切らして店内に入ると、白髪の老店主がテレビを観ながら座っていた。成人向けのコーナーがあるわけではなく。雑誌、漫画、小説、写真集、大型本という感じで雑多に分けられていた。
 こっそり見るには幸いだ。本棚の間に気になった本を数冊持ち込み、ページを開いた。今から思えばSM黎明期のマニア誌が揃っていた時代だった。SMフ◯ン、SMセ◯◯ト、マニア◯◯部、カラーの綺麗なグラビアと小説、読者からの投稿で成り立っている。それら各紙のグラビアを集めた写真集もあったが、高額でビニールに包まれ「貸本不可」と書いたシールが貼られていた。
 頭の中が真っ白になった。変に思われるのも嫌で、漫画の単行本数冊にエロ漫画、それらの間にSM誌を混ぜて、老店主が座っている横の卓袱台に持って行く。本当に何も言われずに貸してくれるのか?心臓が口から出そうなほど、ドキドキした。「はい、600円ね。」財布からお金を出そうとするが手が震えて時間がかかった。気を遣ってくれたのだろう。老店主は、目を合わせることもなく、白いビニール袋に入れて渡してくれた。身分証の提示も無く、たったこれだけの簡単すぎるやり取りに拍子が抜けた。
 慌ててクラブ用のスポーツバッグに入れて自転車のカゴに積み、家路を急いだ。夢中になりレンタル期間の一週間、何度も貪るように読んだ。何回も借りるうちにお気に入りのSM作家まで出来た。その作家の作品は、主人と奴隷が単なる主従関係から、愛を育んでいくストーリーが多く、思春期の私の胸を熱くさせた。その作家は、その後も有名になることは無かったが、未だにもう一度読み返してみたいと思う。

 お正月は、貸本屋の開店が待ち遠しく、落ち着かない三が日を送った。四日の開店時刻に合わせて、自転車を猛スピードで漕いで、気になっていたSM写真集を思い切って数冊購入した。家に帰り夢中でページをめくる。期待通りだったのは一、二冊であとは気に入らなかったので、貸本屋に持って行って半額で買い取ってもらった。

 高校生になると、未成年にもアダルトビデオを貸してくれるビデオレンタル店の噂が広まり、バイクを飛ばして放課後やバイト帰りに借りに行った。

 じゃ、実際にプレイ出来たのかというとこれが小説やビデオのようにはいかない。中学三年の時に二人付き合って、一人とはキスと服の上から胸を触るところまでいった。高校一年の時に付きあった彼女と二年になってから、お互い初めてのセックスをした。中々、挿入が上手くいかず毎週のように寸前までいって、四回めにやっと入ったのをよく憶えている。
 大学入学をきっかけに自然消滅するように別れ、大学では色んな娘としたくて、ナンパに明け暮れた。いつも彼女はいたが、他に遊び相手の女がいて、毎日のようにセックスに明け暮れた。
 その頃、ナンパした女性の中に五つほど年上の若い主婦が居て、一年ほど夢中になった。「女はこんな風にされたら感じるわ。」セックスの仕方をレクチャーするように毎回教えられ、自分が如何に未熟なセックスをしていたかを恥ずかしいほど自覚した。何時しか、抱いた女性が私に夢中になるようになり、セックスの深い喜びを知った。愛撫し快楽に堕ちていく女性は、まるでペットを愛でるように、皆可愛いかった。「あのSM誌のように思うままに弄び、奴隷のように屈伏させ、調教したい。」日に日に暗い炎が奥底から湧き上がっていった。
 ある日、振られてもいい覚悟で付き合っていた主婦にSM誌と写真集を数冊見せてみた。反応は意外だった。「きれいねー、こんな風に縛られるならいいかな?こんな格好好きなの?」彼女が聞いたのは、西洋風のレースの下着とガーターベルト、ストッキングという出で立ちで、当時はまだ珍しかった。
 次に彼女に会ったのは秋頃だったか、いつものように一人暮らしの私の部屋を訪れ、部屋に上がると「じゃーん?どう?興奮する?」ベージュのトレンチコートの中身は、SM写真集の中にあったあのレースの下着姿だった。彼女の身体を貪ろうとすると、「あれ?縛るんじゃないの?オモチャとか?」
 


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