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ウレシナミダ
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ウレシナミダ-1

『アリィ=コルト。本日めでたく、ディアン国第一王子アディ殿下の花嫁に迎えられた。早々に城へ移り住む準備をしろ。殿下がお待ちだ』
突然現われた城からの使者が私に言った。
冗談じゃない。
一度もあったことのない、しかも王族と結婚などできるものか。
私は準備をするフリをして、裏口から逃げた。
しかし、世の中はそう甘くはない。
私は今冷たい牢の中にいる。
『王族の命に背くのは謀反と同じ。よって死罪に処す』
全くふざけた国だ。
勝手に嫁げと言っておきながら、断ったら死罪。馬鹿な国だ。
そもそも私を花嫁に選んだ時点でどうかしている。
使者の話しによると私の歌声に殿下とやらが惚れたらしい。
確かに私は歌を謳い、それで生計を経てていたが殿下に見初められるほどのものではない。
私は冷たい床に横になった。
十六年という、短い一生だったが、別に惜しいものはない。
「おい」
突然、低い声が牢の中に響いた。
「…何だ?」
私は石壁を見つめながら、背中越しに訊いた。
「泣いてんのか?」
「私が泣くのは嬉しい時だけだ。それ以外はない」
突然話しかけてきた男は笑いをこらえているのか時折ククッと言う声が漏れている。
「何がおかしいんだ?」
私は起き上がって男を見た。
灯はないが、円に近い月が窓から差し込んでおり、男の顔はよく見えた。
サラサラとした亜麻色の髪に茶の瞳。スラッと伸びた長身に黒い軍服がよく生える。おそらく二十歳前後だろう。
切れ長の瞳にバランスのよい顔立ち。
全身から育ちのよさが滲み出ている。
整った顔は冷たい笑みを浮かべている。
「王族の命に背いて逃げ出すような女だからもっと煩い女かと思った」
「今更喚いたってしょうがないだろ。ところでお前は何者なんだ?」
「俺はただの見張りだ」
「そのただの見張りが私に何の用だ?」
ジロ、と見張りの男を睨み付けた。
目的は何だ?
「ただお前と話をしようと思っただけだ。死ぬ前に言い分くらいは聞いてやろうと思ったんだ」
「お前に話すことなど何もない」
「どうせ三日後には死ぬんだろ?だったらこの世の誰かに覚えていて欲しいと思わないのか?」
「思わない。私の記憶で人が苦しむくらいなら最初からこの世にいなかったかのようにされた方がましだ」
もともと私のことを覚えている人などいない。親は物心ついた頃にはいなかった。
育ててくれた人も八年前に死んで、それからはずっと一人だ。
「それなら尚更だ。生憎俺はこれから生きて行く中でお前のことを気にする暇などない」
「じゃあ、何故私と話をしようと思ったんだ?」
「お前に興味があるからだ」
真っ直ぐな瞳でそう告げられ、ドキリとした。
「それと俺のことは…好きなように呼べ」
「名も名乗れないのか?」
「そういう訳じゃない。ただ、自分の名前が嫌いなだけだ」
「そうか。親がつけてくれたんだろう?だったら名は大切にしろ。名が嫌いなのは自分のことを嫌いと言っているのと同じだ」
私の名は育ての親がつけてくれた。コルトの姓も育ての親からもらった。
「やっぱり変な女だな」
男は笑った。先ほどの冷たい笑みとは違う、温かい笑みだ。
その表情を見て再び胸が高鳴る。


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