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『手』
【ホラー 官能小説】

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6-1

「面会できないって…どういうことですか?」
ナースステーションの看護師に詰め寄るように問いかけたが、返事は非常に歯切れの悪いものだった。容態が悪化したんだ、遅かった…陽菜は後悔した。吉田との行為の後、すぐにでも塩とお札を木田に渡せば良かったのだ。尋常でないオーガズムとその余韻、残り香も気になり、面会を後回しにしてしまった。
「あの…せめて着替えを部屋に置くとか、顔を見るだけでもお願いできませんか?」
何とかして木田にこれ以上の害が降りかからないようにしなければ、その思いで看護師に頼み込んだが、面会はできませんの一点張りだった。何か都合が悪いことが起こり、上層部から命令されて何も答えられないような、そういった印象を受けた。
「あの…木田さんの、どういったご関係の方…ですか?」
少し年配の看護師に後ろから声をかけられた。バイト先の先輩にあたり、木田の身の回りの世話をしていると半ば身元引受人ともとれるような言い回しをしてみると、それに気を許したのか陽菜は面談室に通された。
「その…木田さんなんですが…昨夜から行方が分からなくなっているんです」
「え」
容態の悪化、最悪は死…そういうことを考えていたが、予想を越えた言葉に陽菜は動揺した。回復してきたとは言えまともに病院の外に出られる体力はなかったはずなのに。
「私たちも探してはいるんですが手掛かりがなくて。と言うより、手掛かりになるものが全て残ってる状態なんです。携帯も財布も、それどころか靴だって…本当に何一つ荷物を持って行ってないんですよ」
「それって…病院の中にまだいるんじゃないですか?」
いるわけがない。もう木田は憑かれてしまったのだ。連れていかれたのだ。
「私たちもそう思って探したんですが、どこにも…それに…」
看護師は少し口をつぐんだが、意を決したように、だが誰もいない面談室の中で声を潜めて言った。
「それに…部屋から木田さんが出たところが記録されてないんです。病棟の中にも防犯のためにカメラが設置されているんですが、木田さんの部屋の扉がちょうど映る場所にもカメラがあってですね…映像を遡って見たんですが、消息が分からなくなる前から3日間、木田さんは一歩も廊下に出てないんです…」
「窓から…は、ないですよね。5階ですもの」
木田は…じゃあ、今木田は…。
「もし何か分かったらご連絡頂けますか?」
看護師の最後の言葉に反応したかどうかも分からないほど呆然とした陽菜は、そのままフラフラと病院を後にした。思い当たるところは木田の借りた部屋だけ。でもあそこには行きたくない。自分まで取り込まれてしまう…もう関わりたくない、でも木田は何とかしなければ助からない、もう手遅れかもしれない。木田の無事を案じながらも、徐々に陽菜自身の身を案じ始めた。何となく、お守りに持っていた小瓶を取り出してみると、純白だった塩は赤黒い塊りになっていた。
「次は…私…」
嫌だ、嫌だ。足早に自宅に戻り、札と塩を持って家を出よう。大丈夫、札があれば何とかなる。陽菜も以前霊障に悩まされ、同じように見える祖母に連れられ田舎の神社に連れて行かれたことがあった。そこでのお祓いとお札の持参、それにより霊障は消えた。あの神社なら、あそこなら何とかしてもらえる。
気が急くのを抑え足早に自分のアパートに戻ったが、空き家の角を曲がってアパートが見えたと同時に足が止まった。

何かいる。何人かじゃない数の何かがいる。

憑いて来られたのだ。もう私にも時間がない。陽菜は踵を返し駅へ走った。祖母に連れられて行った神社は県を3つ跨ぐがそんなことを言っている場合じゃない。いつも使う駅から各駅停車に乗って本線へ行き、そこから新幹線、バス、ローカル線の終着駅に着いたのは夜の9時を過ぎていた。そこから…そこからどうやって…どうやって行ったんだっけおばあちゃん。
「何とか…今日中に…」
すごく足が重たい。駅を出るとコンビニや居酒屋、ビジネスホテルが立ち並び、町はまだ明るかった。この風景は何となく覚えてる。ここから祖母と祖母の知り合いに車に乗せられ、僻地へと移動したんだった。
とにかく行かなきゃ、行かなきゃ私も消える。だけど異常に足が怠い…。少しだけ休息が取れれば。


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