投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

メダイユ国物語
【ファンタジー 官能小説】

メダイユ国物語の最初へ メダイユ国物語 9 メダイユ国物語 11 メダイユ国物語の最後へ

ラバーン王国のプリンセス-8

 剣先は勢いのまま肋骨の中央部に到達し、再び男の手に抵抗感が伝わる。彼は手にした剣の柄を小刻みに捻りながら力を加えた。バキバキと音を立てつつ、剣先が肋骨を抉るように破壊し、やがて胸部の皮膚を突き破って切っ先が顔を覗かせる。そしてそれは、押しつぶされた脂肪の塊、豊かな両乳房の中央部を切り裂きながら給仕服の前身頃を破り、ついには床の絨毯に到達した。長剣の刃が、グレンナの身体を完全に貫通していた。

 絨毯の彼女の周囲は広範囲にわたり、流れ出た血液で真っ赤に染まっていた。人間ひとりの身体に、いか程の量の血液が流れているのかを、あらためて思い知らされる壮絶な光景だった。

 静寂が訪れた。室内には鉄さびのような血の匂いが漂っている。

 全てが終わった。マレーナは顔を覆った手を下ろし、グレンナに目を向けた。

 彼女は顔を床に突っ伏している。彼女の命の火は、完全に消えていた。

 腕と脚が微かにヒクヒクと痙攣している。まだ機能を止めていない脳が、未だ四肢の末端神経に、わずかな電気信号を送っていた。

 だがグレンナの身体はすでに心臓が機能していない。全身に血液を送るポンプの役割を担う臓器はすでに潰されており、体内に残された僅かな血液は、もう脳に送り届けられることはなかった。その働きに必要な、最低限の血液の供給が絶たれた脳は、やがて機能を完全に停止し、手足の痙攣もようやく収まった。 

「終わったようだな。死んだか?」

 静まり返った部屋に、オズベリヒの声が響く。

 従者はグレンナの身体から剣を引き抜くと、彼女の肩を手で掴み、その身体を仰向けにした。彼女はぐったりと、微動だにしない。従者はオズベリヒに顔を向け、問いに対する答えとして無言で頷いた。

 マレーナは恐る恐るグレンナの亡骸(なきがら)を見る。薄いグレーの給仕服は彼女自身の血を吸い込み、どす黒く変色していた。そして前掛けや袖口、襟元のフリルなどの元々白かった部分は真っ赤に染まっていた。彼女の苦悶に歪んだ顔は、口、鼻、目、耳、全ての穴という穴から血が吹き出している。さらには涙、鼻水、唾液などのあらゆる体液が混ざり、目も当てられない様相を呈していた。充血しきった目は大きく見開かれ、光を失った瞳が虚空を見ている。

「グレンナ……」

 マレーナは嗚咽を漏らす。

「どうして……どうしてこんなことに……」

 彼女の結婚式について語り合っていたことが、まるで遠い昔のことのように思えた。

(わたしのせいだ。わたしがここへ来ると言わなければ……グレンナの言葉に従って安全な場所へ逃げていれば……)

 涙の止まらないマレーナは自分を責める。

「あ……ああ……」

 背後の二人の侍女も、グレンナの変わり果てた姿を目にしてしまった。

 まだ十二歳のパウラには、ショックが大きすぎた。自分も同じ目に遭わされると思い込んだ彼女は、震える声を上げ、その場に座り込み失禁してしまう。

「見てはだめ。パウラは……あなたは大丈夫だから」

 横のファニータがすかさず彼女を力強く抱き締める。パウラの小さな身体はガクガクと震えていた。


「さて……」

 言いながらオズベリヒはベッドからシーツを剥ぎ取り、グレンナの遺体に無造作に被せた。大量の血液を吸い込んだ着衣のせいもあり、すぐに白いシーツのあちこちに、赤い染みが浮かび上がった。

「使用人の血で汚(けが)されたこの部屋はもう使えませんな。姫君には自室へ移ってもらいましょうか」

 茫然とシーツの赤い染みを見つめるマレーナに向かい、

「しばらくは不自由な思いをしてもらうことになりますが」

 彼は後ろ手を組みながら、王女に近づいて言った。

「――侍女は、この二人はどうするつもりです」

 服の袖で涙を拭い、マレーナは重い口を開いた。

「お好きになさればいい」

 オズベリヒは彼女の背後で抱き合う二人の侍女を一瞥して答えた。

「では、わたしに同行させます」

「いいでしょう……ただし」

 オズベリヒは従者に目配せすると、

「念のため、ボディーチェックはさせていただきます」

 再び王女に目を向けた。

「……分かりました」

 マレーナは言いながら、背後の二人に顔を向ける。座り込んで抱き合うファニータとパウラは、ヨロヨロと立ち上がった。

「こちらへ」

 従者のひとりが、侍女を呼び寄せる。二人は怯えながら、数歩歩み出た。

 すぐさまもうひとりが近づき、男二人がかりで無遠慮に彼女らの身体を撫で回し始めた。

「ひっ……」

「い、いや……」

 侍女たちは思わず悲鳴にも似た声を漏らす。だが、逆らえば自分たちも殺されると思った彼女らは、男たちに身を委ねた。

「なっ――」

 マレーナは怒りの目を、側に立つオズベリヒに向けようとした。

(侍女のボディーチェックをするのなら、せめて女の従者を連れてくればいいものを――)

 彼にそう言ってやりたかった。だが、今ここで彼に歯向かうことは出来ない。彼女らをも失うことになるかも知れない。

(ファニータ、パウラ……ごめんなさい。我慢してちょうだい)


メダイユ国物語の最初へ メダイユ国物語 9 メダイユ国物語 11 メダイユ国物語の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前