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ヒジリ
【その他 官能小説】

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ヒジリ-8

「わかったろ?」
そしてそのままあたしを抱きかかえたまま、時田は巨大な家屋の中へと足を踏み入れた。
玄関をくぐり時田が後ろ手に戸を閉めると、すぐさま着物と割烹着を着けた中年の女性が現れた。
「あら清さん、何やら厄介な方をお連れですなぁ。」
「あぁ、奥にいるから加寿は心配しなくていいよ。」
加寿〈カズ〉と呼ばれた女性は時田とそんな会話を交した後、あたしににっこりと微笑み玄関の直ぐ横の部屋へと消えて行った。
「行こう。」
時田はあたしを促し、広くて長い廊下を奥へと進んだ。
『……ねぇ、何するの?』
あたしは暫く振りに口を開いた。
先程自らの体に起こった変調以来、息苦しいさと眩暈が続いていた。
「少し、俺の事と君の事を話そう。」
時田は随分ともったいぶった言い方をした。
そんな態度に苛立ちを覚えながらも、あたしは逆らう言葉を発しなかった。
『うん。』
正直、先程自分の体に起こった事が一体なんだったのか、不安で仕方がなかった。
だがこのまま時田と歩を進めれば、きっとその原因も解るだろう。

「ここはこの家の中で、最も神聖な場所なんだ。」
そう言って通された場所は畳張りの広い部屋だった。
だが広い割りにめぼしい家具などは置かれておらず、いくつかの掛け軸や壺などの美術品と何枚かのお札だけが置かれている。
時田は部屋の入り口に重ねられていた座布団を2枚取り、それを持って部屋の中央に進んだ。
時田に腕を握られているあたしも同様、部屋の中央へと進んだ。
「座って。」
座布団を並べた時田はあたしを座らせ、自らもすぐ隣のに腰を降ろした。
「茶も出さなくて、ごめんな。」
『なんか、茶どころの状態じゃない気がするから…いいよ。』
あたしは先程加寿と呼ばれた女性の言葉が気になっていた。
〈また厄介な方を……〉
それは明らかにあたしに向けられた言葉だ。
確かに世間一般の女性から見れば、あたしの乱れた容貌は厄介に感じられるだろう。
だが、染めた髪にだらしなく着た制服と言う点は時田も変わらない。
やはりあれは、あたしのまだ知らない何かに対する言葉なのだろう。

「なぁ聖、ヒジリって良い名前だと思わないか?」
時田は唐突な事を話しだした。
あたしはこの名前が大っ嫌いだ。
《聖》この文字を見ると、人はどうしても〈神聖な〉とか〈清らかな〉ってイメージを持つ。
だがそんな言葉あたしには全く当てはまらないから…。
『嫌いだよ。』
「どうして?」
時田はまるであたしがそう答える事が分かっていたかの様に、間を置かずに言った。
『あたしは、汚いから……。』
「汚い?聖が?」
不意に、あたしの頬を涙が伝った。
『汚いよ。あんた前だって、昨日見たろ?あたしはあぁやって、毎晩…毎晩……。』
それ以上の言葉を、あたしは続ける事が出来なかった。
心の中ではこれまで自分のしてきた行動を後悔する言葉が並ぶ。
「大丈夫。」
時田はそう言って掴んでいた腕を引き寄ると、あたしをそっと抱きしめた。
「俺の知ってる事を全部話すよ。」

……時田に抱きしめられた瞬間、あたしは心が静かになるのを感じた。


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