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その声を そのぬくもりを
【純愛 恋愛小説】

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その声を そのぬくもりを-5

 「あんなにはしゃいで、のんきなもんだ」
 と、呟いてみる。心からうらやましいと思った。あの子達はきっと悩みがないのだ。だからああして、屈託のない笑顔で笑えるんだ。そう考えると僕は、まるで世界中の全ての悲しみを背負っているような気さえしてきた。
 それに浜辺で遊ぶやつらの楽しそうな顔を見ていると、邪悪な嫉妬心がむくむくと僕の中で生まれ、全身にその芽を伸ばしていくようでもあった。
 「姉さん、あなたがうらやましく感じるよ。少なくとも、残されたものの悲しみを味あわなくてもいいんだからね」
 そして僕の矛先は、いつしか実の姉にまでむいていた。
あの事故から、一週間がたった。
 どんなに辛くても、どんなに悲しんでも、人は生きている限りいつかは眠るし、そして目覚める。いつまでたっても目覚めないのは、姉だけだ。いや、ひょっとすると姉はもうすでに死んでいるのかもしれない。
 『死』というものを考えた時、どうしたら死んだことになるかが問題になってくる時代だけれど、僕はこう考える。
例えば、人間とは人間と判断されるものを持って生まれてくる。それでは、個人としての区別はどこからくるのだろう。名前も血液も、指紋ももちろんだ。けれど、僕が言いたいのはそういうことじゃない。思うに、個人を区別するのは、やっぱりその人の中身だと思う。少しずれてはいるけど、それに近い言葉で個性や魅力とも言えるだろう。そんな形のないもの、目には見えないものが僕達自身であって、この体はただの住処だと思ってもいいかもしれない。そう、ヤドカリが貝の中に住んでいるように。
 そういう点で、今の姉は違う。笑わないし怒らないし、悲しまない。あの部屋にあるのは、機械でただ臓器を動かされている肉の塊だ。だから、ひょっとすると姉は車に撥ねられた時点で死んでいたのかもしれない。
 そう考えると、僕の鉛のような心も幾分軽く感じられた。結局、僕には両親のように姉さんの死と向かい合う勇気はなく、こうして、逃げることしか出来なかったのだ。

僕はあの日以来、ほとんど自分の部屋を出ていなかった。顔を出す時といったら、トイレと食事だけで、何をすることもなく自分の部屋でごろごろとしていた。なのでもちろん、病院にも行ってはいない。
 姉さんの、自分の愛する人のあんな姿なんて見たくなかった。お見舞いに関しては、父も母も何一つ僕に意見することはなかった。

 僕は、無力だった・・・。

 また、僕には二つの後悔があった。
 一つは、自分の誕生日。何故、僕はこの日に生まれてしまったのだろう。もしも一日でも生まれ変わるのが遅かったりしたら、姉は事故に遭わなかったのかもしれない。
 そしてもう一つは、自分の気持ちを押さえていたこと。こうなると初めからわかっていたなら、姉さんが初めからいなくなるとわかっていたなら・・・文字どおり、後悔先に立たずというやつだ。
 僕はベッドから腰を浮かすと、軽く伸びをした。
 「久しぶりに・・・外へ出るかな」
 夏の乾いた空気を吸って、直射日光を浴びた時、全身が灰になる思いだった。
 いつからドラキュラになったんだと、苦笑いさえもれる。僕は自分にしかわからない理由で、少し笑った。
 街の中を目的もなくさまよい歩く僕は、まるで亡霊のようだった。人ごみは好きじゃなかったが、今、こうして交差点を行く群集に混じることで、自分を忘れているような気がして、それが心地よかった。
 どのくらい歩いただろう。ふと我に返って目の前にある建物を見上げると、ゲーセンの看板が派手に飾られているのが目に映った。
 いつの間にこんな物が建ったんだろう。
 僕は興味本位で覗いてみることにした。あいにく財布を忘れてきたのでプレイは出来ないけれど、人がゲームをしているところを見るだけでも楽しいものだ。
 そう思って中へ入ると、僕は言葉を失った。
 この建物は、そりゃあもうゲームセンターなんて物じゃなかった。
 ゲームはもちろんのこと、他にもシーソー、滑り台、食堂、アイスクリーム屋、などなど上げていけばきりがないほど、たくさんの遊び物が置いてあった。それこそ、屋根のついた遊園地のようだった。


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