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その声を そのぬくもりを
【純愛 恋愛小説】

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その声を そのぬくもりを-4

 こういう事態に陥っても仕事へ出られるなんて、大人はなんて強いんだろうと思う。よほど精神が強いか・・・もしくは、心が鉄で出来ているのではないだろうか。
 僕は頭を振った。
 「親だから・・・強いんだろうな」
 何も悲しんでいるのは僕だけではない。父さんや母さんだって、同じくらい悲しんでいるんだ。
 僕はジーンズの埃を払うと、もう何度目かになる集中治療室のドアを開けた。そこは相変わらず暗くて、カビが生えていそうなほど湿気がひどかった。
 「姉さん、おはよう」
 と、僕は呟いた。
 もちろん、答えなんか期待しちゃいない。何を言ったって、僕からの一方通行なのだから。それは永遠に代わらないのだから。
 僕は、唇が白くなるほどきつくかみ締めた。
 
 昨日の夜、僕は父さんと母さん、そして姉の担当医の話を偶然聞いてしまっていた。
 あれは何時ごろになっていただろう。
 涙がかれ、我に帰ったころ、僕は生き返った死体のようにのろのろと立ち上がり、部屋を出た。
 ふと顔を上げると、さっきまで長椅子に呆然とすわっていた両親がナースステーションに入って行くのが見えた。声をかけようかと思ったが、長時間泣いていたせいかうまく腹に力が入らず、僕はは無言で二人の後をつけることを選んだ。
 二人が入っていったナースステーションへ近づくと、突然、「そんな!」という父さんの怒鳴り声に近い声が、ガタンッという椅子の音と共に聞こえてきた。
 僕は入り口のすぐ横に立ち、耳を済ませた。
 「落ち着いてください」
 と、先生は言った。
 「もう、どうすることも出来ないのです」
 一体なんの話だろう。僕は眉間にしわを寄せた。
 「運ばれて来た時には、すでに手遅れでした」
 「それじゃあ、百合華は、娘はこのまま目も覚まさないで死んでいくというのですか?」
 父さんの悲痛の叫びは、僕の心までも貫いた。
 ・・・姉さんが、・・・死ぬ?
 別に予想していなかったわけじゃない。考えないようにしていただけだ。『死』と言う言葉を頭の中で作らないように、そこだけをくりぬいていただけだった。
 そして今、事もあろうか医師との会話の中でその言葉が出た。しかもそれは僕ら一般人が口にするより重々しく、現実味を帯びていた。
 「姉さんが、死ぬ」
 自然に言葉がもれた。

 僕が覚えているのはそこまでだ。後はおぼろげにしか記憶にない。
 長いため息の後、僕は言った。
 「姉さんは死なないよ。誰が死なせるか」
 姉さんに言ったわけじゃない。悲しみで、どうにかなってしまいそうな、弱い自分に言い聞かせたのだ。こうでもして気を紛らわせていなければ、やってなんかいられない。
 僕は部屋を出て静かにドアを閉めた。ここはもともと、入ってはいけない所らしい。
 「・・・なんか、兄弟と片思いの彼女を同時になくした気分だ」
 外は相変わらずの天気だ。
 雲ひとつない、青々とした空。その少し右上では、飛行機雲が伸びている。
 僕はマウンテンバイクを従えて、近くの海岸沿いの曲がりくねった道を走っていた。からりとした天気が、わずかでも僕の心も乾かしてくれるかと思ったからだった。
 防波堤にマウンテンバイクを立てかけ、そこから空を鏡に映したような広い海を眺めた。
まるで空と海が、一本の境界線でつながっているように見えて、僕は思わず目を細めた。
 ・・・風がそよぐたびに、潮の香りがする。と、目を閉じようとしたその時だった。うまく風に乗ったせいか、はたまた投げる力がものすごく強かったのか、一つのビーチポールがふわりと僕の顔のまん前に飛んできた。
 とって下を見ると、数人の女の子が「すみませぇん」と言って手を振っている。そして僕がそこを狙ってビーチボールを投げ返してやると、受け取った女の子は「ありがとうごいまぁす」と言い残して、他の女の子達と一緒に、そそくさと走り去ってしまった。


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