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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−12−-1

そういえば以前、僕らが別れる時のことを想像したことがある。でもそれは、本気でそんなことを思っていたのではなくて、幸せの絶頂だからこそ、なんとなく、いたずらに考えてみただけのことだった。
多分、どちらから別れるとしても、一方は泣きじゃくり、嫌だと首を振り、その後は抜け殻になって残りの人生を過ごすんじゃないか。それとも、寂しさが余って本当に死んでしまうんじゃないだろうか。そう思っていた。 けれど、実際は違っていた。
同じ別れにも種類はあるだろうけれど、僕らの場合は、すべてが現実感に乏しく、夢じゃないかと疑うくらいあっさりとしたものだった。唯一、想像に近かったことと言えば、失恋のショックで僕が茫然自失の状態に陥ったことくらいだろう。これはもう、失意のどん底と言うしかなかった。
琴菜を失ってから、この二日間をどう過ごしたのか、さっぱり思い出せなかった。
周囲の職員からどやされなかったということは、仕事はそれなりにこなしていたのだろうし、こうして生きているから、食事だってちゃんととっていたのだろう。だけど、僕自身がなにを考えてどう行動して日々をこなしてきたのか、そういう記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
後になって考えてみれば、僕がどれだけ参っていたのかが分かる。
なにせ、その間、柊由良の姿を一度も見なかったことさえ気が付かずにいたのだから。
そのこと気づいたのは、仕事を再開して三日目の朝。朝食をすませて、仕事場へ向かおうとする途中だった。玄関へ伸びた廊下で、僕は畑野さんとばったり顔を合わせたのだった。彼女に挨拶をしながら、僕はそこで初めて柊由良の存在を思い出した。
「なんか、久しぶりに会った気がするわね」 真っ赤な毛糸のセーターにブルージーンズ、その上にいつもの白衣を重ねた畑野さんは、僕を見上げながら笑った。
「そうそう、牧野君の服、乾いてるわよ。ごめんなさいね、お待たせちゃって」
「あ、いえ」
そんなことはすっかり忘れてしまっていた僕は、言葉に詰まって、あいまいに笑った。
「あとで医務室にとりにきてくれる?私だったら今日は夜勤だから何時でもいいわ」
「分かりました。じゃあ、仕事がすんでから行きます」
「うん。じゃあ、待ってるわね」
そう言ってひらひらと手を振ると、畑野さんはそそくさと行ってしまった。
本当は、柊由良の病状をききたかったが、今回はやめておいた。この間の課長の言葉が、しつこく耳元に残っていたからだ。
そして、その日の夕方。
僕は朝に約束したとおり、仕事を終えた足でそのまま医務室へ向かった。
ドアをノックすると、中から畑野さんが顔をのぞかせて、
「ちょうどよかったわ。今ね、お湯沸かしているから。コーヒーでも飲んでいって」
と言った。
医務室は前回きた時と同じように暖かくて、湿気の多く含んだ空気に、消毒液の匂いが漂っていた。なんとなく周りをキョロキョロしながら、丸椅子へ腰掛ける。と、
横から湯気の立ちのぼる白いマグカップが差し出されて、僕は礼を言ってそれを受け取った。
「あと、これが牧野君の洋服ね」
足元に、大きな紙袋が置かれる。白と黒がチェックになった、おしゃれなやつだ。
「すみません。ご迷惑おかけしちゃって」
「別に迷惑だなんて思ってないわよ」
畑野さんはいつもの笑顔で言いながら、デスクの椅子に腰掛けて、一口すすった。
「柊さんも、藍斗センセに助けてもらったぁって喜んでたわよ」
「え?」
思わず顔をあげると、畑野さんと目が合った。彼女は、ふふふ、と声に出して笑うと、
「あの子、牧野君のこと相当好きみたいね」 「はぁ」
返答に困って、再び目を伏せる。なんだか、耳たぶのふちまで熱くなっていくのが分かった。そして、数秒の沈黙の後、畑野さんが思い出したように言った。


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