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ドッペルゲンガーの恋人/過去からの彼女(官能オカルト連作短編)
【幼馴染 官能小説】

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魔女車掌サリーナの狂乱-5

6
 その晩、サリーナがボルシチを作って持ってきてくれた。かつて日本人の妻が夫のためによく作ってくれた、故国ロシアと家庭の味だった。
 おまけにこの駅の職員だという灰色熊を連れていた。

「ワーブさんは、ペットじゃなくってこの駅のお仕事仲間の同僚だけど。私の車両のボスはコアラの元お巡りさんで、モフモフすると「気安く触れるな!」とか怒られるのっ!」

 サリーナの夢の一つは熊を飼うことだった。ロシアンパパはウンウンと頷いた。

「あいつがたしか、サーシャの上官だったか」

「うん、そうだよ」

 ロシアンパパとしては幾ばくかの安堵がなくもない。
 だって、娘の上官があのレッサーパンダ(「鵺」とかいったか?)よりはまだ良かった。
 あいつ(鵺)はおよそ普通じゃない。
 なぜなら彼を訊問した際に、固定した顔の上に一定ペースで水滴をポタポタポタポタ垂らすような真似をしやがった。人間の感覚受容の神経がそういう単調な刺激の限界を超えた連続には耐えられないことを知っていたのだろう、拷問耐性があるはずの元諜報員なのに、あやうく発狂しそうになって「もうやめてくれ」と泣き叫んだ。それだけでなく三面鏡を縛られた椅子の前に置き、(鏡に映った三人の自分の前で)尋問の会話中に彼自身がたまたま発した「お前は誰だ?」という言葉を、録音テープで延々とリピート再生して聞かせられた(精神崩壊させる手法だ)。
 おまけに山羊なんかを連れてきて、足の裏に塩をかけて山羊に舐めさせた(「コイツは昔のスペイン流の拷問術だ」とかなんとか……)。ロシアンパパはだんだんに頭の具合が曖昧になり、身体感覚の異次元的な苦悶と自分が誰だかわけがわからなくなる自己認識崩壊で、とうとう知る限りの情報を洗いざらい喋ってしまった。
 あの邪悪なニヤニヤした笑い方、あいつは明らかに面白がってやがった!
 おまけに牢屋の前での、鵺とコアラの最後の雑談の会話が耳の奥に残っている。

「これがムスリム(イスラム教徒)だったら、耳を鋏かニッパーでV字にちょっとずつ切り取ってやったところさ。頭の皮をちょっとずつ燃やして永久脱毛させていく、とかでもいいかもな。どうしてもダメなら耳を片方全部とか削ぎ落とすか、目玉でも抉るか」

「ふーむ? 何故?」

「だってよ、イスラム教だと体を損なうと、死んだ後の最後の審判で不利になるって考え方があるんだぜ? それにイスラム教では焼死、焼け死ぬのが最悪の死に方だからな。マア本格的に酷いことする前に、髭を全部綺麗に剃ってから騙して豚肉を食わせて、軽くジャブで精神打撃を与えるところから始めるのが妥当だろうけどよ。
 それとか、もしも中国人だったらちょっとずつ肉をナイフで切り取って、ネズミに食わせるか、目の前で塩や調味料に漬けていくとか、そういうのが「効く」かもな」

「それも何か理由があるのか?」

「中国の昔の残酷な処刑でそういうのがあるんだよ。生きたまま肉を切り刻んで削っていくのが。それから中国では伝統の珍味で人肉も食べるから。「両脚羊」、二本脚の羊と書いて、食肉用の人間と解く。やっぱ「個への対応」とか「多様性の考慮」ってやつで、訊問でも民族固有の恐怖心と絶望を煽らんと」

 殴る蹴るだけではなく、知力は究極の暴力にもなりうる。
 ロシアンパパからすれば、鵺には何か底知れず得体の知れない恐怖を感じるが、あの可愛げのないコアラは「凄く強いけれどもあんまり怖くはない」心理事情がある。戦闘力だけの話でなく、鵺は本能的に「ヤバい」気がするし、彼が過去に会った中では、暗黒神父のじょるじゅとか言う奴と少し似ていなくもない。

(良かった、サーシャの面倒見てるのがコアラで)

 それから父娘で強烈なウォッカ酒を心ゆくまで痛飲した。
 泣いた。号泣した。嗚咽した。嘔吐した。


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