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怯譜(きょうふ)
【エッセイ/詩 その他小説】

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おびえの記憶-2


  【宵山】

 小五の夏、初めて祇園祭の宵山を訪ねた。
 両親と、母親の姉である「おばさん」とで父親の運転する車で出かけた。

 そのころ、京都の市電がまだ走っていた。
 そして、長刀鉾や月鉾の立つ大通りには今ほどの高いビルがなかったので、月鉾のてっぺんの三日月が広い青空を背景に輝いていたのが心に残っている。

 大通りから少し入ると、まだ町家はふつうに人が住んでいて、細い道路の真ん中に鉾や山がそびえていた。
 特に船の形をした船鉾(ふなぼこ)は、歴史の本に載せられてる屏風の絵そのままだったので、興奮しながら各方向から眺めてずいぶん時間を過ごしてしまった。

 お昼を過ぎてから父親は車を北の方に移して停め、駐車場で待っているあいだ、私と母親とおばさんとで山鉾を見て歩いた。

 ところが、しばらく歩くうちにおかしなことになってきた。
 同じ「山」ばかり目の前に現れてくる。
 太陽が西に傾き、空は暗くなってきたけど、山のまわりは灯りがともされて華やかに明るい。
 だけど相変わらず同じ山ばかりが目の前に現れてくる。
 母親もおばさんも、何か目当てがあって同じ道をまわってるのかな、とは思ったけど顔を見るとそんな感じではない。
 言葉なくひたすら歩いている。

 蛍光灯と白熱灯の灯りの中、スピーカーの祇園囃子とちまきを売る子どもたちの声が響き、宵山だけあって人出はますます増えてきた。
 それでも歩けばまたまた、同じ山ばかりが次々現れてくる。
 とうとう母親とおばさんは「ちょっと休みたい」と言って開放されていた学校に入っていった。

 その学校から出てきた母親とおばさんは、急に今までと違う足どりでひとつ違う道を進みはじめた。
 あたりが暗くなった。静かになった。
 すぐそこにあった宵山のにぎわいがうそのようだ。
 しばらく歩くと、道路に停まる車のそばに父親が立って、ボディーをふいているのが見えた。
 母親とおばさんは何も言わず車になだれこんだ。

 何年も過ぎてから、祇園祭の案内マップをチェックしてみた。

 黒主山、鯉山、山伏山、北観音山、南観音山

 これらの山がある、ごく狭い町の中を私と母親とおばさんは、3時間近くぐるぐると歩き回ったのだ。

 母親はあの宵山のことをクチにしなかった。
 その後祇園祭を見に行くことはなかった。
 それどころか祇園祭のニュースがテレビであっても、関心を向けなかった。

 ただ一度、おそらくおばさん相手に電話で話してる母親が、こんなことを言ったのをおぼえている。
 「あの(宵山の)夜、ウチらホンマにこんこんさん(=キツネ)に化かされたわなぁ。」


【おしまい】
 

 
 

  


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