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怯譜(きょうふ)
【エッセイ/詩 その他小説】

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おびえの記憶-1


  【鏡】

 1968年。

 そのころガキだった私の目に、毎日のように「ベトナム戦争」の情報が飛びこんできていた。

 マンガを読めば、ベトコン(=ベトナム解放民族戦線の俗称)の関係者だと疑われた一般人が、拷問を受けたあげく頭を撃たれて殺害される場面があり、
 子ども向きの雑誌にも「市場で銃撃を受けて倒れた妻のそばで、ぼうぜんとする夫」の写真が載り、
 テレビではベトナムの戦争の状況と我が国での反戦運動の状況とが、交互に伝えられていた。

 そんなある日私は、朝のワイドショーの中で歌を聴いた。
 子どもに「大きくならないで」と呼びかける、静かな反戦の歌だった。
 その歌の背景に、戦争の中で撮影されたベトナムの子どもたちの姿が次々と白黒で写しだされていた。
 銃弾や爆弾を避けて、ものかげにひそむ、自分と同じ年ごろの子どもたち。
 その中の一枚に、赤ちゃんが頭を撃たれたのか、顔が血まみれになって抱かれている写真があった。
 
 白黒の写真ではあった。
 しかし私には、はっきりそれが真っ赤に見えた。
 その写真を見てから、私に何かがついてしまった。

 鏡を見ると、私のおでこから赤い血が流れているのが見えるようになった。
 ふつうに鏡を見るぶんには何でもないのだが、たとえばデパートの中のように、ふとふり向くとそこに鏡があった、なんて言うときにハッキリおでこから血が流れているのが見えた。

 だから初めて訪ねる場所では、まず鏡の位置を確かめておいた。
そして一度その鏡をのぞいておいて、血が見えないことを自分に言いきかせておくのだった。
 そんな対策のせいか、だんだん血は見えなくなっていった。

 小五の夏だった。
 天体観測会に参加した私は、その帰りに荷物を取りに観測に使った施設の会議室に行った。
 会議室は真っ暗だった。だけど私はかすかな窓の外のあかりをたよりに、手さぐりで自分のカバンをさがしはじめた。
 いっしょに来ていた男の子が、ドアの近くにあったスイッチをONにした。
 会議室が急に明るくなったので、私は驚いて頭を上げると、目の前にあった黒い窓が鏡になって、自分の顔がハッキリ映っているのに気づいた。

 その時、おでこから血が流れる自分の顔に身体が固くなった。
 血はおでこから鼻をつたってアゴに達し、アゴからポタポタと白い服に落ちて、赤いシミになっている。
 「どないしたん?」男の子に声をかけられて、私はあらためて黒い窓に映る自分の顔を見た。
 特に異常はなかった。

 それが私の見た、最後の血まみれの顔になった。
 でも、その時点ではベトナムの戦争は終わってはいなかった。
 
 
 
 
 
 


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