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カセットステレオ
【ホラー その他小説】

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カセットステレオ-1

眩しいほどの晴天に恵まれた歩行者天国は人混みにあふれかえっていた。
もっと早くから来るつもりだったけど、休日にはやっぱり少し寝過ごしてしまった。
私の目当てはそこに並ぶフリーマーケットのアンティーク小物で少しでも早い時間に来ないと目ぼしい物がなくなってしまうように思えるのだ。無意識のうちにも足が早まる。

アンティークと言っても私はそう詳しいわけではない。
また、本物のアンティークは案外「こんな物が?」と思うほど高価だったりするので、なかなかこうしたフリマなどでは出回ったりしない。
私からしてみればアンティーク調の気に入った小物で十分だった。


それがなぜ目に留まったのかはよく分からない。銅製のカップや真鍮のアクセサリーに混ざって場違いな物ではあった。
小さ目のビニール袋に入れられた赤いヘッドホンステレオだった。
そんな物を購入したところで今時カセットテープすら入手困難なのだ。
だけどこのステレオで聴くためのカセットテープを探して巡るのもまた楽しみが増えるというものかも知れない。
それにわずか三百円。お蔵入りとなっても惜しい価格ではなかったけど、両親の時代にはきっと数万円もしたのだろう。

「フリマどうだった?いい物みつかった?」

起き上がると下着だけを着け、タバコに火をつけたカレがそう訊いた。

「昔のカセットステレオみつけたの。ねえ、家にカセットテープなんか残ってない?」

「カセットテープ?さあ・・・」

カレは壁に掛けたアンティーク調の時計を見た。私もベッドからそれを見上げる。
時刻はもうすぐ20時を指そうとしていて、もうあと一、二時間あまりしか残っていなかった。

「聞いてみるよ。あるかも知れない。」

そう言い残すと「すまないな」とさらに小さく言葉を残し、さっさと部屋を出て行った。
カレはパチスロが好きで閉店時間まであとわずかしか残っていなかったのだった。
今日も朝からパチスロに行っていてずいぶんと負けが込み、それで私から軍資金をせしめにやって来た。
ついでというか、そこは社交辞令というもので、する事だけ済ませたらまたお店へと戻っていく。
どこがいいのか?と、もし聞かれたなら答えが詰まってしまうけど、そんなとこが好きなのかも知れない。
何かの「ついで」みたいだけど、節々に優しいのだ。
亡くなった祖父が言っていた事がある。「遊びを知らない男はダメだ」と。
その祖父もたいした遊び人だったと聞くけど、私がアンティーク趣味に奔ったのはその祖父が遺したキセルと煙草盆が起因だった。


ヘッドホンステレオの中には一本だけカセットテープが入ったままだった。
聴いた事のある音楽。たしか「モルダウ」とかいうオーケストラの演奏だった。
私は時々それを聴いてみた。音量は小さくサーっというノイズが全編に入っていて、とてもいい音とは言えない。
しばらく聴いてはみるけど、オーケストラは長く同じようなメロディーの繰り返しですぐ飽きてしまう。
テープが劣化してしまってるのか、機械が悪いのかノイズに混じってワンワンと微妙に音が一定間隔でうねりを持っている。
元より私はクラシック音楽などにあまり興味はないのだ。
三分ほども聴いたら飽きてしまうけど、かつてはどんな人がこの音楽を聴いていたのだろうと思うとまた私は遠い空想の世界に誘われる。
アンティーク趣味というのはそんなところが面白いのだと思う。
赤いメタリックのボディからみて、元の持ち主は女性だったのかも知れない。
音楽大学の学生さんだったとか、何かの楽器を演奏する人だったとか。
オーケストラを聴くからといって音楽関係の人とは限らないのだ。おなかの出っ張った、いいオジサンだったかも知れない。
ただ、ボディにわずかな擦り傷がある程度で大切に使われていたのは確かなようだった。




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