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カセットステレオ
【ホラー その他小説】

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カセットステレオ-2

ある時、電車に乗っている間に退屈だからそれを聴いてみた。
古着屋で購入したアメカジ風なスタジアムジャンパーにはあえてスポンジ製のヘッドホンを首に回してみるのもオシャレなような気がしたのだ。
いまどき電車の中でそんな物を耳に掛けていたら、傍目にへんな女かも知れない。
こんな女でも好きだって言ってくれるカレシはいるのよと心の中で誰にともなく言い訳をする。
その言い訳は確かにどことなく、寂しいものだった。


オーケストラは流れ続けた。電車の中なのでノイズはさして気にならない。
クラシック音楽って同じところの繰り返しばかりで、もう20分ほどもそれを聴いていただろうか。
音量が急に小さくなってしまった。
窓から覗くとテープはちゃんと回っているのでカセットテープが劣化していたのだろう。
寂しいなあ・・・唯一のテープが聴けなくなってしまうと機械自体が意味を持たない。
仕方なく、機械を停めようとボタンに指を乗せた時に人の声らしいものが機械の中から聞こえたように思えた。
カセットテープってたしか上書きができたと思う。音楽は小さく流れているけど、合間に女の声が入っているように思える。
レコードみたいに盤面を裏返すわけではなく、機械がひっくり返るので不具合で裏面が同時に逆再生されたりする事もあると聞いた。


裏面を聴いた事はない。どこかを押せば機械がひっくり返るのだろうけど、取説もないので分からない。
テープはレコードなどから録音されたものではなく、当時販売されていたミュージックテープというものだった。
そうだ、一度取り出して手でひっくり返せば裏面が聴けるはずなのだ。
裏面はやはりオーケストラの演奏が流れていた。人の声らしいものは聴こえてこない。
おかしいなとまたテープを元通りに差し替えた。「ハヤ・・・ナレテ・・・」
「早く慣れて」・・・何のことだろう?私は咄嗟にカレの遊び癖を思い浮かべた。
遊びを知らない男はダメか。にやりとして音量を最大に上げ、我慢強くオーケストラの演奏を聴いてみる。
ノイズが激しかったけど演奏は流れていた。そしたらやはり女の声が聴こえてきた。


「信じられないだろうけど、私は三年後のあなた。アイツから早く離れて・・・早く」


私は唖然としていた。確かに聞いたような声だったけど、聞き慣れない私自身の声に似ている。
列車は停車してドアが開いた。あっ、降りなければ。
立ち上がった拍子に膝の上に置いたカセットステレオが床に落ちた。
腹立たしいほどの衝撃を与えて耳にかけたヘッドホンから本体が抜け落ちる。
さらに悪い事に下車駅で降りようと浮足立った左足でそれを蹴飛ばしてしまった。
赤いカセットステレオは床を滑り、列車とホームの間に姿を消した。


ホームに降りてから茫然とそこに佇む。
列車を見送った駅員さんがそれをみつけてわざわざ拾い上げてくれた。


「珍しい物持ってるね、懐かしいなあ。でも、これはもうダメかな」


フタが完全に取れてしまいテープが伸びて絡まっていた。


ほどなくして私はカレと些細な事で言い合いになった。
私はカレが私に費やしてくれる時間の事を言い、カレは私が費やしたお金にこだわる。
お金の事なんかどうでもいい。もっと私との時間を作って欲しいだけ。
意地を張り合ってそれっきり連絡も断ってしまう日々が続いた。
意地など張り合っても仕方がない事とは思うけど、自分との時間がお金に換算されていたような言い方をされると腹立たしい。
結局それっきり。カレと会う事も連絡する事もなかった。
どれほど経ってからだか、ある日カレのお姉さんから電話がかかってきた。


「ちょっと言い合いして、それからずっと会ってないわ」


「お金を借りたりしてなかったかしら?」


「お金?ううん、ぜんぜん・・・」


あれからどうも悪いところからお金を借りまわってパチスロに注ぎ込み、その取り立てが実家にまで押しかけてくるらしい。
仕事も辞めてしまっていて、今ではどこにいるのかさえ分からないという。
遊び人だったけど優しかったカレ。いなくなると寂しいけど、どこかせいせいした。いない事に慣れたんだと思う。
カレとの出会い。それからあのカセットステレオとの出会いって、なんだったのだろうと時々思ったりする。


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